四国初の特急列車となったのは181系です。1972年の新幹線岡山開業に伴い、「しおかぜ」3往復「南風]1往復用に新製投入されました。しかし、500馬力の高出力エンジンも四国の路線実態には合わず、JR化以後わずか6年目にして定期運用から退くことになります。引き取り手もなく、製造後20年ほどで姿を消した薄幸の車両たちです。
キハ181形100番台 キハ181-102←キハ180-69
1984年から87年にかけて、キハ180形を先頭車改造したもの
101のみJR西日本(2002.8廃車) 102-105はJR四国(1993年全車廃車)
*この画像は国鉄時代のもの 四カマ
キロ180形100番台
1972年、トイレ洗面所部分を車販準備室に変更したグループ、4両新製された。
JR四国となった翌年の1988年、瀬戸大橋の開通にあわせてダイヤ改正が行われたが、全てのG車は、半室化されることとなり、この番台は消滅している。
キロ180形200番台
1986年11月の国鉄ダイヤ改正時に、特急短編成化にともなうG車不足を補うため、キハ180形を2両、多度津工場で改造した。
JR四国となった翌年の1988年、瀬戸大橋の開通にあわせてダイヤ改正が行われたが、全てのG車は、半室化されることとなり、わずか1年半ほどでこの番台は消滅している。
キロハ180形 キロハ180-4←キロ180-104
JR四国となった翌年の1988年、瀬戸大橋の開通にあわせてダイヤ改正が行われたが、全てのG車は、半室化されることとなり、キロ180形、100番台4両、150番台2両、200番台2両の計8両がキロハ180形となった。
だが、1993年3月末、全車廃車となり、わずか5年ほどで形式消滅している。
キロハ180形 キロハ180-6←キロ180-152
JR四国となった翌年の1988年、瀬戸大橋の開通にあわせてダイヤ改正が行われたが、全てのG車は、半室化されることとなり、キロ180形、100番台4両、150番台2両、200番台2両の計8両がキロハ180形となった。
だが、1993年3月末、全車廃車となり、わずか5年ほどで形式消滅している。
キロハ180形 キロハ180-7←キロ180-201 *窓配置に注意!
JR四国となった翌年の1988年、瀬戸大橋の開通にあわせてダイヤ改正が行われたが、全てのG車は、半室化されることとなり、キロ180形、100番台4両、150番台2両、200番台2両の計8両がキロハ180形となった。
だが、1993年3月末、全車廃車となり、わずか5年ほどで形式消滅している。