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2013年9月の記事

2013年9月29日 (日)

珍車ギャラリー 阿武隈急行 A417系

A417系は2007年に阿武隈急行が
JR東日本から購入した417系3連です。

Abu_q_a417_3

その417系はと申しますと、
国鉄時代となる1978年にデビューした交直流近郊形電車です。
クモハ417(Mc)+モハ416(M')+クハ416(T'c)からなる417系は、
5編成 計15両が仙台運転所に配置されました。

もともと客車列車が主体であった仙台地区の
輸送改善を目的に製作されたものです。
しかし、仙台地区は交流電化区間です。
なぜ交直流電車が投入されたのでしょう?

まずは国鉄417系の生い立ちからお話を始めます。

珍車ギャラリー
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2013年9月28日 (土)

錦川鉄道 2010年(NT3000形 とことこトレイン)をUP

錦川鉄道は1987年に旧国鉄岩日線を転換して開業しました。
山陽本線岩国駅と山口線日原駅を結ぶ陰陽連絡鉄道として
建設が開始されたことから岩日線とよばれます。
しかし、大半の工事が完成したところで
1980年の 国鉄再建法によって工事は中断されてしまいました
そして先行開業していた錦町までの岩日線も赤字のため
廃止対象路線となりましたが、
第3セクターの錦川 鉄道に移管され生き延びたというわけです。

錦川鉄道開業にあたり、「錦川清流線」と名付けられました。
その名の通り、ほぼ全線が”清流”錦川に沿って
線路が敷かれており、終点「錦町」まで、美しい 景観を
楽しみながら1時間ちょっとの旅を楽しむことができます。

Nishikigawa_nt3001

ここでは、2007~08年にかけて導入されたNT3000形と
「とことこトレイン」をUPしています。
撮影:2010年3月。

鉄道車両写真集
錦川鉄道 2010年(NT3000形 とことこトレイン)

開業時に導入されたNT2000形は別タイトルでUPしています。
錦川鉄道 1990年(NT2000形)

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2013年9月26日 (木)

平成筑豊鉄道 2013年 -400形、500形-をUP

平成筑豊鉄道は、1989年 
旧国鉄伊田線・糸田線・田川線の各線をJR九州から継承した
第三セクターの鉄道会社です。

Heichili13_403

ここでは第三セクター転換開業時から使用している
100形・200形・300形の取替えを目的とし、
2007年から製造された新型車両 400形、500形
をピックアップしました。

鉄道車両写真集
平成筑豊鉄道 2013年 -400形、500形-

開業当時の車両もあわせてご覧ください。
平成筑豊鉄道 1991年 -100形、200形、300形-

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2013年9月25日 (水)

阿武隈急行 8100系 A417系 をUP

福島 - 槻木(54.9km)を運営する阿武隈急行は、
国鉄丸森線(槻木 - 丸森 (17.4km)間 1968年開業)を引継いだ
第三セクターの鉄道会社です。

Abu_q_8115

1986年 に非電化でスタートしました。
1988年に福島 - 丸森 (37.5km) を延伸開業。
あわせて福島(矢野目信号場) - 槻木を交流電化しました。
自力 で継承路線を交流電化した3セクは阿武急のみです。

現在は宮城・福島両県および沿線自治体で
過半数の株式を保有していますが、
当初は、福島交通が株式の51%を保有していました。

保有車両は全線電化開業にあわせてデビューした8100系
(2連×9=18両)と
2007年にJR東日本から購入した
417系であるA417系(3連×1=3両)です。

鉄道車両写真集
阿武隈急行 8100系 A417系 のトップページへJUMP

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2013年9月23日 (月)

福島交通 7000系 をUP

JR福島駅と飯坂温泉駅間9.2kmを結ぶ福島交通 飯坂線は、
福島飯坂電気軌道によって 1924年開業しました。
飯坂温泉までの全線開業は1927年で、
同年福島電気鉄道 に合併されています。
1962年にはバス事業の拡大により現「福島交通」となり ました。
1971年の飯坂東線廃止後、
鉄道路線はこの飯坂線を残すのみとなって います。

Fukushima_7113_3

7000系は、1991年に架線電圧を750Vから
1500Vに昇圧した際に東急電鉄から導入したものです。

東急7000系は、1962年から東急車輛で製造された
日本初のオールステンレス車 です。総勢134両が
日比谷線直通運用を含む東横線などで使用されました。

台車はTS-701形。「パイオニア台車(PⅢ-701形)」とも呼ばれ
外側に露出したデ ィスクいブレーキが外見上の特色です。

なお導入されたのは全車両とも中間車でしたので、
先頭車には運転台を設置し ました。 
撮影は、2013年.9月です。 ex09F

鉄道車両写真集
福島交通 7000系

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2013年9月21日 (土)

肥薩おれんじ鉄道(おれんじ食堂改造車)をUP

肥薩おれんじ鉄道は、2004年3月、
九州新幹線(新八代 - 鹿児島中央間)の開業に伴い、
JR九州から移管された鹿児島本線(八代 - 川内間116.9km)
の運営を行っている第三セクター方式の鉄道会社です。

Dsc_4430

出資者は、熊本県や鹿児島県などの沿線自治体に加え、
JR貨物もその名を連ね ます。
在籍する車両は全て3セク向けの軽快気動車ですが、
貨物列車を引き続き運行するために電化路線のまま維持されました。

在籍車両は、HSOR100形 101 ~ 117 と
HSOR150形 151.152  で合計19両が在籍します。

Dsc_4438

うち114と116の2両は「おれんじ食堂」専用車両として
2013年3月から運行を開始しています。
151.15の2両はイベント用車両ですが、
一般運用にも就くことがあります。

鉄道車両写真集
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2013年9月19日 (木)

Dr'K 2013年 9月の鉄旅 台風に学ぶ

2013年 9月の鉄旅 
台風の非常時から学び、高槻駅の拡張計画に警鐘を鳴らす。

プロローグ( 9月15日)
 今日は、首都圏と愛知県岡崎に出張予定。
台風接近のため、覚悟はしていたが、
首都圏への出張の友、「サンライズ」は運休。
…というわけで、
翌朝ののぞみ100号と東京~大宮間の新幹線特定特急券に変更し、翌朝に「のぞみ」をかけて帰宅する。

 ところが、雨風がだんだんひどくなり、
自宅の周囲の地区に続々と避難指示が出る。
ついに、隣接する京都府全域、通ることになる滋賀全域には
特別警報まで出てしまった…。

9月16日
 翌朝、早めに最寄りの高槻駅へ。
---全線ストップ。---
見込みが立たないので、そのまま待機。
新幹線も京都以東がアウト。 

遅刻の連絡をとりあえず入れる。

 しばらくして、
京都へは快速が化けた各駅停車のみの運転となる。
桂川橋梁では徐行になっている。 むしろ、
この水量ならさっさと渡り切ってもらいたいものだ。
さらに、京都駅では4番線のみで折返し運転をしているため、
列車を捌ききれず、長岡京以東は発進、停車の繰返し。

 桂川を渡ったところで、外側線には西大路駅構内で
抑止を食らったEF510牽引のコンテナ貨物が止まっている。
さらにその前には
EF66牽引のこれまた長大コンテナ貨物が止まっている。
こいつらを横目に、列車は京都駅4番線へ。

 さて、次は新幹線である。
京都駅で昼食をとりながら、しばらく待ったものの、
運転再開と思いきや、今度は富士川が増水してわたれなくなり、
静岡以東で止まってしまう。

埼玉での研修は、台風接近のため中止の連絡が入った。
岡崎の用務先に連絡を入れ、
アポイントを1日延期してもらうとともに、
京都駅で無賃送還の手続きをとって、
とりあえず今日は帰宅することにした。

 そのとたん、運転再開。
でも、もう予定はすべて延期になっているので、高槻を目指す。
4番線に行ってみると、
快速崩れの快速すら30分間隔になっている。
しかも停まっているのは223系の6両編成なので、
もうすでにかなり混んでいる状態。
1本待って座って帰ることにした。

 ところが、次の列車は純粋な各駅停車。以下、
発車時刻表には15分毎に各駅停車西明石行の表示が並ぶ。
どうやら、新快速だけでなく快速も止めてしまったか、
高槻~京都間の運転を各駅停車に持ち替えたようだ。

7両編成だとさすがに厳しい。
しかも女性専用車の設定を解除していない。
何を考えてんだか。京都の時点でこんだけ混んでるのに。

 桂川の水は往路の時より減ってはいるが、
見ていてまだまだ怖い水量。

向日町、長岡京とどんどん乗客は増えていく。

 高槻到着の放送で、
「本日に限り、出口は右側(4番線)に到着」との放送。
高槻の折返し線2線あるが、これが満杯になっているか、
3番線に何かいるかだ。
折返し線は、321系が1編成いるだけで、残り1線は空いている。

 高槻駅の4番線に進入するときに謎が解けた。
3番線にいるのは10両編成の快速。
高槻駅の折返し線は各停対応なので、8両分しかない。
快速は6両から12両まであるから、
高槻駅では3番線ホームでないと折返しができない。
3番線の快速の行先が高槻になっていたのが、
こちらが到着する寸前に網干行に変わったので確信を持てた。

 この電車(各駅停車西明石行き)が大阪まで先着。
と案内しているが、「この電車」だけでは、
どちらが大阪へ先着するかわからない。
結局、乗客はホーム上を右往左往。 

京都へ行く客は2番線に移動しなければならない。
 3~4番線の階段は1~2番線に比べればまだ広いが、
それでも狭いため、快速を降りた客と私とは同じく
西明石行から降りた客の流れがつながっているので、
降りてくる客がホームに降りてくるのもままならない。

 しばらくホームで列車の出入りを観察していると、
西明石行の後、すぐ高槻始発の新三田行が4番線に入線する。
ほぼ同時に所定高槻どまりの各駅停車が2番線に到着。
降車終了後、折返し線に引き上げる。
快速が信号待ちをしているのが見える。

 大阪方面行きの快速が3番線から発車すると、
入れ替わりに信号待ちをしていた快速が3番線に入って
そのまま折返す準備をする。
信号待ちの間に追いついた京都行き普通が2番線で発着する。
これの繰り返し。
吹田と灘に非常時用のシーサスポイントを挿入するなら、
高槻駅の片亘りもシーサスに変えておき、
2番線からも大阪方面に出発できるようにしておけば、
今回のように快速を高槻折返しの措置をとった時、
大阪方面からやってくる各駅停車を1番線に逃がしてやれば、
快速の信号待ちが皆無になるし、
元々あった内側線と外側線の亘り線を撤去していなければ、
茨木まで内側線を走らなくても、高槻の時点で
快速を外側線に移すことができる。

 この現象こそ、今年度実施される
高槻駅の外側線ホーム増設工事の設計が
利用客の動線を無視したものであることを実証している
といえよう。

この高槻駅のホーム増設工事とは、
現在高槻駅の外側線本線(現状は通過線でホームなし)に、
上下の貨物待機線を撤去して、
新快速発着用の片面ホームを両側に貼りつける形で新設し、
既存のホームを快速、各駅停車用にするというもの。

 これだと、快速、各駅停車から新快速への乗換は、
現状ホーム上でできているものが、
必ずホームを移動しなければならないため、
階段の上り下りを利用客に強いることになるので、
無駄な動線が増える。

南海泉佐野や、阪神尼崎のように、
現在の貨物待避線のある位置に外側線の本線を移し、
中央の待避線を両面ホームにすれば、
高槻発着の各駅停車の両側のドアを開けて停車させるだけで、
車両を通り抜ければ平面での移動になり、
階段の上り下りはいらなくなるのだ。

今回、琵琶湖線の路盤崩落のため、同線に直通できなくなった。
このことから、高槻で快速を折返す措置をとったわけだが、
結局、快速から3番線で降ろされた京都方面に向かう乗客は、
1・2番線に移動するのに階段へ殺到する。狭くて危険だ。
加えて、その流れが切れないうちに
京都からの普通が来て乗客を降ろす。

狭い高槻駅の階段で無用な動線を生むと、もう大混乱。

乗客の不安といらだち、加えて現場の職員の思いを、
JR西日本の上層部や高槻市の関係者の方は、
知っておられるのやら…。
もしこれをご覧になっていれば、利用客の安全のためにも、
計画の変更を考えてもらいたいものだ。

9月17日(火)
改めて、名古屋に向け出直すことになった。
この旅は、京都駅0番線、しなの9号から旅が始まる。

(ワイドビュー)しなの9号 京都 9:24 → 名古屋10:58
 私の愛知出張の友、しなの9号である。
当初の運用計画ではA+Bの10両編成だったが、
台風の影響で運用が1日ずれたので、
実際はA+Cの8両編成がやってきた
(383系の運用については、特急ミシュランNo.23、383系の項を参照されたい)。

 そのため、京都駅に停車中に7号車(グリーン車)の指定券を持っている客は1号車、
8号車の指定席を持っている客は6号車に乗り、代替の席を車掌からあてがってもらうように案内があった。

 京都駅0番線を出た列車は、いきなりシーサスポイントを亘って、
徐行で内側線を走り始める。
報道でもあったのだが、大津~膳所間の上り線の路盤が崩落し、
線路わきのアパートを直撃、住人の方が生き埋めになったものの助かった。という。
その現場を最徐行で通過。D席なので、えぐられた路盤が目の前に生々しく目に入る。
昨日抑止されていた貨物列車がここに突っ込んでいたら…。
と思うとゾッとする。
 
石山を通過すると瀬田川を渡るが、ここの濁流もすさまじいの一言。草津の時点で、12分遅れ。6番線に普通を待たせて5番線を通過。
野洲で先行の新快速を追い越すも、その後も、日野川、愛知川、芹川と、渡る鉄橋は、すべてすごい濁流が流れている。

ダラダラ遅れて米原の時点で20分近い遅延になる。
米原で車掌から編成変更の案内がないため、
隣の7号車では、編成変更に戸惑っていらっしゃる方も見られた。
結局、名古屋で下車するまで、全く案内はなかった。
名古屋からは大阪からガラガラだったのが
ウソのように大混雑するのは、お約束。
 
名古屋で早めの昼食をとり、名鉄に乗り換える。

快速特急豊橋行 名鉄名古屋 12:48 → 東岡崎 13:17

 パノラマスーパーに揺られること29分で東岡崎までついてしまう。
快速特急は、名古屋を出ると知立までは特急と同じ停車駅なのだが、知立を出ると終点の豊橋まで東岡崎しか停まらない。
いやー、速い。

 先月にも伺った商談先。
若旦那には、私の新しい商売道具の製作を前回訪問時に依頼していて、それが本体は一応できた、と連絡があり、最後の仕上げをする前に、その仕上げで使うパーツの最終確認しにきたのである。

 社長も若旦那もお嬢さんも、ご自身がその道具をお使いになるから ほんとにウデがいいし、使うものの心理をよくわかっていらっしゃる。
 仕上げ前の状態で、仮組みしてもらい、試しに使ってみた。
鳥肌が立った。

 かつて岡崎はひどい水害に遭った町なので、
今回の台風の被害を心配していたのだが、
直撃コースの割にはどうということはなかったとのこと。

 若旦那に東岡崎まで送っていただき、帰路についた。

快速特急 新鵜沼行 東岡崎 15:22 → 名鉄名古屋 15:51
ひかり 475号 名古屋 16:10 → 京都 16:48

 帰りの快速特急は2200系。
これは車体に号車番号がデカデカと書かれているが、
設備自体は洗練されていてよい。
知立までノンストップなのがまたよろしい。
知立からは列車の揺れが心地よく、
台風で散々待たされた疲れからか、
金山を過ぎるまで爆睡していたようだ。
名古屋で乗り換えたひかり475号についても、
爆睡のあまりまったく記憶にない。

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2013年9月15日 (日)

珍車ギャラリー 紀州鉄道 キテツ1形をUP

紀州鉄道のキテツ1形は、もと北条鉄道のフラワ1985形でした。
1985という形式は1985年に製造された年にちなむものですが、
      その当時は、国鉄がJRに移行されるに伴って
赤字ローカル線は相次いで廃止されてゆくさなかでした。

      そんな瀬戸際にあって、沿線自治体の支援により
国鉄北条線を引き継いだ第3セクターが北条鉄道です。

車両製作費用も大胆に削減される中、
登場したのがフラワ1985形なのです。

バスと共通の車体、エンジンをもつフラワ1985形は、
当然、一般の鉄道車両より華奢です。

Kisyu_kitetsu_1

あえてそんな車両を引き継ぎ、
キテツ1形と名付けた紀州鉄道。

紀州鉄道とはどんな会社なのか。

珍車ギャラリー
紀州鉄道 キテツ1形

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2013年9月10日 (火)

紀州鉄道 をUP

紀勢本線御坊駅と御坊市街地を結ぶべく、
1928年12月に設立された御坊臨港鉄道が
紀州鉄道の前身となります。

Kisyu_kitetsu_1

御坊から日高川駅まで全通したのは1934年です。
これを1973年に紀州鉄道が事業を買収しました。
1989年に、末端の西御坊駅 - 日高川駅間0.7kmが廃止され、
現在は御坊-西御坊間2.7kmがその路線の全てとなります。

距離だけでいえば、芝山鉄道が最短ですが、事実上、
日本一のミニ私鉄といえるでしょう。
終点まで乗っても運賃は180円。
もはや貨物収入もなく、列車の大半はガラガラなのですから、
到底採算のとれる路線ではありません。

紀州鉄道の実態は不動産会社であり、
公共交通を傘下に置いているという信用を得るために
路線が維持されているというのが本当のところです。

でも、御坊市民にとってはかけがえのない路線であり、
会社も路線の維持のために懸命の努力をしているように思われます。

鉄道車両写真集
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2013年9月 8日 (日)

和歌山電鐵 2270系 たま電車 きいちゃん電車他をUP

和歌山電鐵は、南海電気鉄道から
貴志川線を2006年4月に経営譲渡された路線です。

Wakayama_tama15

在籍していた2270系も全車が無償譲渡されました。
2270系のルーツを温ねてみると、
南海高野線のズームカーとなる22000系で、
製造初年は1969年にさかのぼります。
1993年に1M1T に変更、貴志川線にやってきました。

このように古い車両ではありますが、和歌山電鐵では
内装や外装をユニークなものに改装し注目を集めています。
JR九州のデザインを手がけた水戸岡鋭治氏による
「いちご電車」(2006年8月)。「おもちゃ電車」(2007年7月)に加え、
2009年3月には第三弾として
駅長ネコをモチー フとした「たま電車」も導入されました。

さらに、2013年6月からは、2015年開催予定の
和歌山国体のマスコットキャラクター「きいちゃん」
をラッピングした「きいちゃん電車」も運行を開始 しています。

在籍する12両、その全てをUPしています。

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2013年9月 7日 (土)

駅名エクスプローラ のバージョンアップ

J鉄局のホームページには、
駅名エクスプローラというコンテンツがあります。
当初は、暇つぶしで始めたのですが、アクセス解析すると
結構、ご覧いただいているようなのです。

作者である私がいうのもなんですが、
鉄旅をしていると、なぜこの駅名が外されているんだ!
と思うことは一度や二度ではないのです。
その原因のひとつは、自分がその駅を利用した記憶が
残っていて, すっと読めちゃった。とかいう場合です。

訪問してくださる皆様に納得していただくためにも
より客観的に改めていかなければと、真剣に思っています。

今度は、各駅に星マークを付けてなどと考えているのですが、
作業に手が付けられません。

その原因は、「データベースソフト桐」 がないからです。
私は、前の職場で「桐」を扱っていました。
それを利用させてもらったというわけですね。
もっとも手間のかかる作業は、
家でExcelファイルに入力していました。
それらを併合する時に使っていたのです。

それでも公私混同だと言われたらそれまでですが(~_~;)
時間にすれば、わずかです。

無銭家である私は、
そのわずかに数万円を投じる気にはなれないのです。

ちなみに、今の職場でも同様のデータ処理をします。
でもExcelなんです。
Excelならうちにもありますが、
使ってる関数やマクロが、宇宙人でもわからないような代物。

悲しいかな。私の手に負えません。
トホホ、、、。

iPhoneから送信

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2013年9月 6日 (金)

Dr.Kの夏休み ふらっと吉野へ…

Dr.Kの夏休み ふらっと吉野へ…

そーいえば、2年前のリニューアルで
さくらライナーにデラックスできたんだっけ…
ふらっと吉野に行こう、と思い立ち、
旅は大阪阿部野橋からスタート。

大阪阿部野橋 9:40 → 吉野 10:56 さくらライナー
大阪阿部野橋駅に9:30に到着。
さくらライナーのデラックスシート(以下DX)に
空席がまだあったのですかさずキープ。
そういえばさくらライナーのDXは3号車だったな。

久し振りに乗る吉野特急。山の景色を久々に堪能しよう。

 普通席はそれなりに乗ってるものの、
DXは私を含めて4~5人。DXができたことが、
あまり認知されていないのかな?と思った。

 大阪府下では停車せず、
最初の停車駅は御所線との分岐駅の尺土。

定刻に発車した列車は、大阪市内を快調に進むが、
矢田を過ぎると徐々に減速。
大和川を渡って大阪市内を脱出した最初の駅、
河内天美で追越す普通にひっかかる。

 その後も布忍を通過するまでは
カーブが連続するため速度は上がらない。

高見ノ里の手前からようやく加速する。しかし、
藤井寺手前で藤井寺どまりのもう1本前の普通にひっかかる。
特急の直前の準急は長野行で、古市まで逃げ切るため、
古市までの区間で追い越すのは、
河内天美で抜いた普通1本だけだ。

加速はするが土師ノ里の手前にもカーブがあり、
長野線が分岐する古市駅構内も
大きくカーブしているため速度を落とす。

道明寺を通過するとき、
道明寺線のワンマン列車としばし併走。

 古市で長野線が分岐し、運転本数がぐっと減り、
ようやく特急らしい走りになる。
とはいっても、最高速度は110㎞/hで、
今川からしばらくと、この区間だけだ。

 最初の停車駅、尺土駅に到着。
ここで2本前の橿原神宮前行準急を追越す。
この駅は、古市~橿原神宮前間の駅で唯一緩急接続ができる。
(古くからの特急停車駅である高田市は相対式ホームしかない)
しかし、近年1番線が増設されて2面4線になるまでは、
2面3線のホームしかなかったため、
上下同時に緩急接続ができず、
御所線内の普通の折返しも含めて曲芸的な発着をしており、
近鉄では撮影と観察が最も興味深い駅だった。

 高田市を経て、列車は橿原神宮前駅5番線に到着。
1番線で折返す京橿特急との接続をとる。
ここで下車する客もいたが、
意外と乗車客が多いのにびっくり。
DXにも2人乗ってきた。

 橿原神宮前駅は1番線から7番線まであり、
1~3番線が標準軌の橿原線、
4~7番線が南大阪線と吉野線の狭軌線になっていて、
両者が斜めに位置しているため、
連絡通路が途中で折れ曲がっている独特の構造の駅である。

 橿原神宮前を出て吉野線に入ると単線になり、
のどかな景色も含めてローカル特急のいい雰囲気が出る。

ここから先は、今までの通過運転とはガラッと変わり、
3つ以上連続で駅を通過することはなく、
半数以上の駅に停まっていく。

 石舞台古墳やキトラ古墳の最寄り駅、飛鳥で
史跡めぐりと思しきグループが降りる。

続いて2面3線の壺阪山に連続停車し、
吉野線内のローカル輸送を担当する急行と交換。

2駅通過し、JR和歌山線と共同利用している吉野口に到着。
JR和歌山線は高田以南ではIC乗車券は使えないので、
その旨の案内を車掌がしている。
ここで特急ACEと交換で2分ほど停まる。

 吉野口を過ぎ、和歌山線と別れると
列車はぐんぐん山を登り始める。
南海高野線といい、この路線といい、
大阪からほど近いところとはいえ、
景色がいいので心が洗われる。

 次は福神で、ここでも急行と交換。
吉野線内では結構な頻度で交換するので、
南大阪線で追越しが少なく、すれ違いの列車も
少なく感じたのがウソのようだ。

 福神を出て、トンネルをくぐり大阿太を通過。
左に大きくカーブを切ると、
ここからは吉野川と並行する吉野線の絶景ポイント。

吉野といえば桜だが、ここの景色が見たいがために
わざわざ日が当たる側の1人掛けをとったのだ。
ここは秋の紅葉が一番の景色だが、冬は雪化粧をしたりと、
鉄道に乗って旅行してよかったと思えるところである。

 次の停車駅の下市口は大淀町の中心にあたる
2面3線の大きい駅だが、ここでの交換はない。
運転上は最後の通過駅となる次の越部で運転停車し、
もう1本のさくらライナーとすれ違う。
こちらは利用客がまばら。

 次の六田からは各駅に停まる。
六田は吉野川の河原の上のわずかなスペースに
車庫が併設されている吉野線の拠点駅でもあるのだ。

 ここらあたりから川で泳いだり、
河原でBBQや釣りを楽しむ人が多くみられるようになる。

吉野川から逃げるように左にカーブし、トンネルを抜けると
すぐに大和上市。
狭い場所に右カーブの片面ホームと変電設備とロータリーが集約されたみごとな土地の使い方といつも感心する場所である。

上市を過ぎて右カーブを曲がりきると吉野川を鉄橋で渡る。
渡ってすぐに吉野神宮。
ここから最後の登り坂を登って無事に吉野に到着。
吉野も30度をすでに超えていて暑い。

吉野 13:34 → 大阪阿部野橋 14:51 さくらライナー
 吉野を散策し、某大学病院の勤務医をされている旧友Cさんのご両親が営む食堂で昼食をとっていたら、Cさんが帰省されており、思いがけず云十年ぶりに再会。
思い出話に花を咲かせた。
Cさんとあいさつをかわして吉野駅に戻り、
駅前の土産もの屋で家族への土産にくずもちを購入。

帰りもさくらライナーのDXを確保する。
ちょうど大阪阿部野橋からのさくらライナーが到着したところだ。
わずか8分で折り返す。

 吉野からDXに乗ったのは私1人。というより、
全線通してちゃんとDX料金を払って乗っているのが私1人だった。

 吉野神宮を過ぎて鉄橋にさしかかった時、河原に目をやると、
川のレジャー客と車が往路の時より断然増えている。
左にカーブを切って上市に到着。

目の前が改札ということもあってか、
老夫婦が3号車に乗ってきて、前のほうの2人掛けに陣取った。

「新しいさくらライナーはゆったりしててえーなー」とか言っている。
男性が千円札を握っている。
車内で特急券を購入するつもりらしいが、ここはDX。

最初の交換(急行との)がある六田では、
ここからのってきたおばさんがケータイで
でかい声で話をしながらDXを通り抜ける。
吉野線内、橿原神宮前以南は停車駅が多いため、
車掌が巡回するのは難しい。

 越部で運転停車し、老雄16010系と交換。
下市口を出てから、車掌がやってくる。

上市から乗っている老夫婦が、車掌に1000円を渡し、
橿原神宮前までの特急券を2人分(1人500円)所望した。
車掌が「ここはDXなので、特急料金とは別にDX料金も払って
いただかなくてはならない。
いますぐ、ほかの車両に移っていただけるのなら、
特急料金は500円でけっこうですが、
このままお乗りいただくのであれば、DX料金もいただきます」
とほかの車両に移るよう声をかけた。

「乗ってんのはわしらだけ違うやないか」とか、
男性がぶつくさ言っているが当然でしょ。

涼しい顔して吉野川の車窓を楽しみ、
日ごろの喧騒を忘れていやされている私のことを
おっしゃっているのだろうが、
こっちは特急券・DX券・乗車券の3点セットを乗車前に
ちゃんと購入して乗っているのだから、
申し訳ないが、あなた方のような御仁がおられると、
正直に乗車前にきっぷ買ってんのがアホらしくなる。

せっかく2年前からさくらライナーにもDXが新設されたのに、
認知度低っっっっ!!!

アーバンライナーや伊勢志摩ライナー、しまかぜ
といったほかの近鉄特急のDXはJRでいう
グリーン車のような、それなりの雰囲気があるけど、
さくらライナーのDXはそんな雰囲気ゼロ。

4両固定という短編成なのだから、
DXは編成端の4号車に持ってくればよかったのに…。
とつくづく思う。

実際、さくらライナー以外でDXがある特急車両は、
全車特別車のしまかぜを除けば、
アーバンライナーも伊勢志摩ライナーも、
DXはすべて編成端にある(ちなみにこれらは6両編成)。

 2本目の急行と交換する福神では、
となりの2号車に学生と思しき団体が集団で乗車。

吉野口ではACEと交換、2分停まる。
5番線は1日1本しか停車しないとはいえ、
草が伸び放題になっている。
ほんま、JR西はローカル線をなんやと思ってるんやろ…。

 3本目の急行と交換する壺阪山、飛鳥を経て、
列車は橿原神宮前に到着。

真っ昼間の阿部野橋行とあって、乗車率は、往路ほどはない。
2両編成のACEでもおつりがくるような乗車率である。

 ここからは複線になり、線路条件も格段に良くなるので、
高田市までは110㎞/hでぶっ飛ばす。
高田市でそれなりに乗車がある。
あべのハルカスへでもお出かけになるのだろうか、
女性の姿が目立つ。

最後の停車駅となる尺土では、本線となる3番線ではなく、
御所線の到着ホームの4番線に発着する。
ここで追い越される準急阿部野橋行が、御所からの尺土どまり普通の到着直後に入線し、この干渉を避けるため、尺土どまりが慌ただしく引き上げた後に特急が発着するのだ。

ちなみに、往路で述べた2面3線でやりくりしていた頃(1994年まで)を紹介する。
① 現4番線に御所発尺土止まり普通が到着。
② 直後に橿原神宮前行準急が現3番線に到着。この間に尺土止まりが引き上げる。
③ 現2番線を吉野行特急が通過し、同時に現4番線に古市行普通が到着。
④ 現3番線の橿原神宮前行準急が発車。
⑤ すぐ現3番線に阿部野橋行急行が発着
⑥ 引き上げていた車両が尺土始発御所行として現3番線入線
⑦ 現4番線の古市行普通が発車し、その直後に現3番線の御所行が発車。
⑧ 現4番線に御所発尺土止まり普通が到着
⑨ 現2番線に普通橿原神宮前行が到着。この間に尺土止まりが引き上げる。
⑩ 現3番線から急行吉野行が発着し、ほぼ同時に準急阿部野橋行が現4番線に到着
⑪ 急行吉野行の発車直後に阿部野橋行特急が現3番線を通過。
⑫ 現2番線の橿原神宮前行普通が発車し、現3番線に引き上げていた車両が尺土始発御所行として入線
⑬ 現4番線の阿部野橋行準急が発車した直後に現3番線の御所行が発車。

これを30分周期で繰り返す。
⑦~⑧、⑬~①間は6分ほどあるが、それ以外は分刻み。
現3番線は阿部野橋方面本線だが、
上下電車が秒刻みで行き来していたのだ。

尺土を出ると、約30分、終点の大阪阿部野橋までノンストップ。
おじいちゃんと孫と思しき2人がDXを覗く。
「お金が高い分、デラックスシートは3列しかなくてゆったりしてて、だれものってない
じゃろ?」(乗ってるし…)
最後のゆったりを味わって、大阪阿部野橋に帰り着く。

ただ、DXに関しては、若干の不満が残ったので、
改札口のご意見ボックスへ。
そのまま、あべのハルカスで時間をつぶし、
ミナミで友人との宴席へ。

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2013年9月 5日 (木)

近畿日本鉄道 30000系 ビスタカー(オリジナル車)/ビスタEX をUP

近鉄30000系ビスタカーは、 1978年に、
10100系「ビスタカー2代目」の後継車両として登場しました。

Knr_30257

近鉄特急の看板「ビスタカー」の3代目にあたります。
10100系のような連接構造をやめ、30000系では、
先頭車となる電動車には12400系のデザインを踏襲した
通常のボギー構造を採用しました。
そして中間車となる付随車をダブルデッカーとしたのです。
車体の中央に1か所設けられた扉付近が階段室と
エントランスホールとしを兼ねるという個性的な構造です。

30000系は1996~2000年にかけリニューアルされました。
特に大きく変化したのは中間車で、その2階部分の小窓は
天井部の明かり窓と一体化した曲面ガラスに変更されました。
天井も拡大され居住空間が改良されています。
ビスタEX(VISTA EX)と名付けられました。

鉄道車両写真集
近畿日本鉄道 30000系 ビスタカー(オリジナル車)/ビスタEX

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2013年9月 4日 (水)

Dr'Kの特急ミシュラン File 26 近鉄 26000系 “さくらライナー”リニューアル車

特急ミシュラン - Michelin Express –
 File 26 Series 26000系 “Sakura Liner”

近鉄26000系 さくらライナー(リニューアル編成) 

Knr_26401n_6

総合評価 ☆☆☆
大阪阿部野橋と吉野を結ぶ吉野特急は
1965年に運転を開始している、
1990年、25周年を迎えたのを機に、
名阪甲特急用の21000系「アーバンライナー」をベースに、
飛鳥、吉野路への観光特急としてデビューしたのが
この「さくらライナー」だ。

走り始めて20年を機に、順次リニューアル改造され、
2011年4月から2本とも営業運転している。

アメニティ:☆☆☆☆
シートピッチはアーバンライナーと同じ
1,050mmのリクライニングシート。
展望席が廃止され、展望デッキになったほか、
3号車は同じシートピッチながら、
横3列シートのデラックスシート(特別車)になった。
荷棚下は吉野産ヒノキ、照明カバー内部に吉野産漉き和紙、
仕切扉の合わせガラス内部に吉野産スギによる網代組み、
床面全体にはブラウンを基調色とする絨毯、
座席はアーバンライナーNextで採用された
「ゆりかご型リクライニングシート」を採用した。

加えてモバイルコンセントを全席に備えるなど、
大幅にグレードアップされている。

さて、ほかの近鉄特急のデラックスシート(特別車)では、
通り抜けを配慮して編成端になっているのだが、
さくらライナーでは、せっかくDX車を追加したのに、
なぜか中間車である3号車…。これがマイナス。

経済性:☆☆
4両編成2本でラッシュ時は2本併結もあるが、
折返しは最小で組まれており、
平日はラッシュ時を除いて1本運用。(3時間間隔)
車両のやりくりがつかないときはACEが代走する。

利便性:☆☆
現在、吉野特急は30分サイクルが確立されているが、
閑散時は60分間隔になる。
急行との停車駅の差が少ないので、
30分間隔なら一部の停車駅を交互停車にするなど
もう少し停車駅を減らせないだろうか。

ときめき度:☆☆☆☆
リニューアルで裾部のカラーはさくら色に変わった。
展望デッキに出れば全面眺望が楽しめる。
20年たっても吉野のフラッグシップであることは変わりない。

急行の一部を御所線直通にし、それを補完する意味で、
南海の「天空」のような車両を導入して、
尺土~吉野間で運転するのもありだろう。

鉄道車両写真集
南大阪線吉野線特急用 16000系 16010系 16400系
 26000系「さくらライナー」

Dr'K の特急ミシュラン INDEX へ

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2013年9月 3日 (火)

局長の KTR あかまつ あおまつ 号に乗ってきました。

KTRこと北近畿タンゴ鉄道は、その路線が、長大であること、
また宮津線はとりわけ古い路線で
その維持に費用がかさむというわけで、
経営状態が大変厳しいことになっています。

こう言うと宮津線がお荷物になっているようですが、
この宮津線こそが風光明媚な路線なのです。
そこで、観光資源として宮津線を活かすべく
観光列車が導入されることになりました。

Dsc_5286

それが、あかまつ あおまつ号です。
ちなみに新車ではありません。
特急や急行でもありません。
かねてから使われてきた列車に付加価値を加えました。

そう。JR九州の「いさぶろう  しんぺい」 や
JR西日本の「みすず潮騒」 と同じ発想です。

今回も利用するのは、青春切符です。
京都駅、9時ちょうど発の園部行きに乗り、
福知山行に乗り継ぎます。
223系5500番台です。
快適ないい電車なのですが、
日常的な車内なのは少し残念。

綾部で舞鶴線に乗りかえますが、多少時間があるので、
駅近くのコンビニでお昼と飲みものを仕込んでおきます。

西舞鶴でも時間はたっぷりあるのですが、
売店もコンビニもなくて辛い思いをした経験があるからです。

西舞鶴であおまつ二号の切符を購入します。

正直に告白しますが、奇数日である今日、
あおまつ二号 は「あおまつ」 車両を使う
と思い込んでいました。

つまり「あかまつ」車両に乗るには。
偶数日に又やって来なければならない。
つまり、単行の列車と思いこんでいたというわけです。

ついでに言うと、座席整理券が購入できなくても
自由席車両「あおまつ」 に乗車できるということ
もわかっていませんでした。

ちなみに自由席車両である、「あおまつ」車両も優秀です。
「みすず潮騒」なんかは、指定席車両と自由席車両とでは、
違いが歴然としていますが、
「あおまつ」 は{あかまつ」と さほど差は感じられません。
もちろん「あかまつ」もすばらしいインテリアです。
水戸岡氏のデザインであるせいか、
JR九州のジョイフルトレインに乗っているかのような
気分になりました。

Dsc_5295

「あおまつ2号」は12時29分定刻に出発しました。

圧巻は由良川鉄橋です。列車は徐行してくれます。
今日はいいお天気。海の青さが目に眩しいほどです。

これだけでも来た甲斐があったと言うものです。

結局、定員制指定席の「あかまつ」 に乗っているのは、
私以外に、家族連れ一組と鉄ちゃん一人の合計六名で、
終始、福知山まで変化はありませんでした。

でも、子供達も含めみんな満足そうでした。

私は、この後、播但線経由で撮り鉄しながら、帰阪しました。

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2013年9月 2日 (月)

Dr'Kの 2013年8月末の鉄旅 大雨の石川編

こだま  694号 新大阪 21:06 → 米原 21:41
しらさぎ 63号 米原 22:00 → 加賀温泉 23:25

 年2回の恒例の石川県某所への出張。
ここのところ北陸は大雨続きでダイヤが乱れることが多く、
予報もところによっては大雨ということなので、少し無理をして
加賀温泉郷のなじみの温泉宿で前泊することにした。

加賀温泉に停まるサンダーバード(以下TB)は、
大阪20:07発の43号が最終である。
この4月からの業務時間の都合上、
これにはわずかの差で間に合わない。

米原発のしらさぎならあと2本間に合う列車があるので、
女将さんに到着が遅くなる旨をお願いし、
これで移動することにした。(定刻で行っても23:30を過ぎる)

仕事を終えて、ゲリラ豪雨+雷の中、茨木駅へ。
駅前のバスターミナル上の人工地盤を急いでいると、
すごい轟音!、これは近いぞ。と思ったら、
京都方面行に落雷による信号トラブル発生の放送が。
確かにTBが抑止されているのが見える。
時間的に43号じゃねぇ? あれ。
えー。うそやん。
今日の目的地が加賀温泉だけに乗せてほしいなぁ…。

 放送と駅員の案内を確認していると、
止められているTBは、いつ動き出すかわからないし、
えーいっ。
大阪方面行は問題がなさそうなので、
21:50発、快速網干行で新大阪へ向かうことにした。
そう新大阪から新幹線で米原に向かうことにしたというわけ。

使わないつもりだった特急券が役に立つどころか950円→1680円、
乗車券が+460円。
ちょっと痛い。

こだま694号に乗る。

おっ、静岡行でN700系というのがまた新鮮じゃない。
こんなことで、機嫌が直ってしまう自分が可愛い…。

 鳥飼基地を過ぎて、高槻市に入ると、
阪急京都線、JR京都線が近づいてくる。
京都到着までの20kmほどの間、平行するJR京都線は、
真っ暗とはいえ見えるのだが、15分サイクルで走る
JR京都線の列車を1本も追い越さなかった。

JR京都線はかなり重症のようだ。

滋賀県に入ると雨は小降りになる。
遅れもなく「こだま」は米原に到着。
米原の5番線で待つ683系2000番台が「しらさぎ63号」である。

本来なら、私が当初乗る予定だった3526M
「新快速長浜行」が向かいの6番線に到着して、
この「しらさぎ」との待ち合わせをするのだが、
先の落雷の影響で、今日は米原から特発を出すようで、
ホームの真ん中にぽつんと223系の4両編成が
新快速長浜行きとして停まっている。

この調子なら、最終のしらさぎ65号は、はるか54号の急乗承や、
(注;新幹線と並行する在来線経由の特急が何らかの理由で遅れた時、新幹線で先回りして接続を確保するため、自由席に限り乗車を承認する救済措置のこと。これを承認してもらえないと、後々の行程でえらいことになることがサンライズなどでは多い。
少し前のサイキョージ氏の投稿にあったようなことが起こる)
TB 43号、TB 45号との接続をとるなどで、
大幅な遅れになることも十分予想されるので、
新大阪から「こだま」に乗り「しらさぎ63号」乗る。
という判断は正解だった。

「しらさぎ63号」は、米原を若干の遅れで出発し、
坂田を過ぎたあたりで新快速姫路行とすれ違う。

 長浜では切り欠きホームの3番線で
敦賀行普通を待たせて2番線を通過。

このあたりで車掌氏の検札。
いずれも当日発券の大阪市内発の乗車券と
乗継割引となっている小生のしらさぎの指定券を見て、
車掌氏が「大阪方面の落雷の影響、受けられましたか?」
と聞いてきた。
「まぁね。でもこればっかりは(自然現象だし)しょうがない」
と答えたら、平身低頭。
車掌氏も気の毒なこって。
TBからしらさぎに回ったと思われたのだろう。

加賀温泉で下車するまで、雨は降ったりやんだりで、
ごくたまにゲリラ的に強くなる、の繰り返し。
余呉付近から雨が強くなり、ところどころ徐行するので、
列車はじりじり遅れ始める。

敦賀駅では、TBは大阪地区での落雷で大幅な遅れが出ているので、金沢まで急ぎの場合はこの列車に乗るよう案内されている。

ここと福井では、疲れた表情で、雨でぬれた衣類や体をぬぐいながら
車掌に声をかけている方が散見された。

 というわけで、この時間のしらさぎは米原からの新幹線接続の利用客がほとんどなので、繁忙期でも基本的には空いているのだが、8月の週末ということもあり、一部のTBを利用するはずだった客が乗っているため、自由席はいい乗車率になってしまっている。

北陸トンネルを出てもまだ強い雨は続き、
結局、鯖江まではところどころ徐行したので遅れは拡大していく。

前の芦原温泉行最終普通が徐行しているのに引っ掛かっているのだろう。
大土呂からまた徐行。
この列車は本来、福井でTB 45号に抜かれたあとは、
芦原温泉まで先行するので、
丸岡までの各駅からの利用ができるが、
芦原温泉に停車する金沢行のしらさぎはあと1本あるからだろう。

福井ではこちらが先に出発した。

もう少しで日付が変わる、というときに加賀温泉着。
ここからタクシーで10分弱、なじみの温泉宿に到着。

女将さんが大変でしたねと迎えてくれる。
風呂は24時までなので、あきらめて朝早めに起きて入ろうと思っていたのだが、私と同様、この大荒れの天気でまだ到着できていない宿泊客がいるらしく、そのために、今日は1時過ぎまで風呂を使っていいとのこと。
これはありがたい、ということでそのまま風呂に直行。

翌日は朝風呂の後、9時前に出発。
加賀温泉発9:12の233M普通金沢行で美川に移動。
この普通は小松でTB 1号に抜かれる。
天候が怪しくなければTB 1号で来るところだが。
美川から研修施設のクルマで移動し、10時30分開始の研修へ。

研修を終えた私は、
富山のなじみの鮨屋Kに行って朝まで吞んで、
翌朝のTB 2号で帰るいつもの行動をとろうと思ったが、
雨がひどいため、
研修の参加者たちと松任駅近くの店で食事をとったあと、
20時23分発の普通敦賀行に乗り、
小松でTB 46号に乗り換えて、素直に帰阪した。

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2013年9月 1日 (日)

JR西日本 キハ189系 はまかぜ

キハ189系は、特急「はまかぜ」で使用されていたキハ181系
の置き換え用として、2010年に投入されました。

Jrw_dc189_09

基本編成は3両。2編成併結で運行されることもありますが、
1両単位の増減も可能です。

車体はステンレス製で、先頭部のみ鋼製となっています。
エンジンはキハ122・127系と同じタイプを2基装備します。
(SA6D140HE-450ps/2100rpm)
台車は電車で多用される軸梁式ボルスタレス台車WDT66。
急カーブの存在する路線を通過することから
ヨーダンパとアンチローリング装置を装備するとともに
フランジ塗油装置も装備しています。
しかし振り子装置は搭載されませんでした。

キハ181形やキハ40系といった在来の気動車に
性能を合わせることが出来る性能選択スイッチも装備します。

営業最高速度は130km/h、電車並の加速性能をもち、
223系、225系新快速に伍して走行することが可能です。

鉄道車両写真集
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