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2012年12月の記事

2012年12月31日 (月)

珍車ギャラリー東京急行電鉄 世田谷線用 デハ150形 をUP

東京急行電鉄 世田谷線は、2001年には
全て300系に置き換えられてしまいましたが、
以前は、デハ70形、デハ80形、デハ150形
といった個性豊かな車両が走っていました。
とりわけ個性的なのは、デハ150形です。

Setagaya_925_153

オールステンレス車体である旧7000系(日比谷線直通車)
を彷彿させるコルゲート付きの角張った車体は、
異色の存在だったと申せましょう。
ところが、デハ150形はステンレス製ではなく、
スチール製(耐候性高抗張力鋼)だったのです。

私は長いことデハ150形はステンレス車体だと信じていました。
なぜ、このような車両が生まれたのでしょう。

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東京急行電鉄 世田谷線用 デハ150形
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東急 世田谷線 300形 70形 80形 150形
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2012年12月30日 (日)

Dr.Kの特急ミシュラン File16 JR九州 185系DC A列車

Dr.Kの特急ミシュラン File16 JR九州 185系DC A列車

特急ミシュラン - Michelin Express - File 16 Series 185 “A-Train”

JR九州 185系 “A列車” 総合評価:☆☆☆

Photo

アメニティ:☆☆☆
 2011年に185系2両(キハ185-4,1012)を専用列車として「大航海時代のヨーロッパ」のイメージに改装した。
 運転区間が短いため、回転式リクライニングシートの普通席のみ。
 シートピッチは旧来の940㎜のまま。4は車販準備室を拡大、改装し、ソファーやベンチのほか、カウンターバー「A-TRAIN BAR」が設けられているため、座席定員はわずか28名。
 1012は編成側にセミコンパートメントを4区画作ったため、定員は8名減の56名。
アイディアはいいのだが、2両編成にコンパートメントとカウンターバーを欲張ったため、定員確保に苦労している。これなら無理せず3両編成にしたほうがいい。
 乗り心地はさすがに特急車だが、運転距離が短いのでもったいない。

経済性:☆☆
2両編成1本のみの改造だが、いざというときは九州横断特急用の車両で増結はできる。
しかし、ごく一部博多まで延長されるが熊本~三角間の専用車両に185系を改造して充てるのはいかにももったいない。ワンマン運転で車内検札を客室乗務員に委託する方式は正解だが、運転距離と速度から、特急である必要性を全く感じない。
今からでも「すきま風」「海銭山銭」と車両をトレードしてもいいと思う。

利便性:☆☆☆☆
 新幹線との熊本での接続、三角でのバスの接続は抜群によい。案内対応も細やか。
しかし、終点の三角が片面ホームで普通を待たせて慌ただしく折り返すので、ここだけが
もったいない。

ときめき度:☆☆☆☆
 観光列車の雰囲気といい、乗り心地といい、いうことなしだが、あっという間に終点についてしまうのが惜しい。

改善点
 三角線のローカルダイヤが若干犠牲になっているので、これを確保する意味でも、特急、185系である必要はない。種車はキハ47系、種別は快速でよく、料金を取りたければ、
指定席、または思い切ってシートピッチを1050~1100㎜まで拡大して、グリーン車にしてもいい。これにキハ40系列の一般車1両の自由席をつけて三角線内をローカル運転すればいい。
種車が特急用のものは乗車距離の長い観光列車に充て、運転距離の短い列車はキハ40系列改造の快速にすればよいのだ。

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2012年12月29日 (土)

名古屋鉄道 2000系 μミュースカイ をUP

名鉄2000系は2004年,
中部国際空港へのアクセス用特急「ミュースカイ」
としてデビューしました。

Meitetsu_2000_01f_03

洋上空港へ向かう特急車として、「空と海」をイメージ、
「青と白と水の透明感」をコンセプトとした
青系のデザインを取り入れ、
また空港の愛称である「centrair」のロゴを随所に用いています。

2編成を連結して運用することに備えて貫通扉を設けました。
特急車でありながら、
大きな荷物を持った旅客が利用しやすいように
両開きドアを採用しているのも大きな特色です。

曲線の多い常滑線を高速走行するため、
空気バネを用いた「車体傾斜装置」
を採用していることも見逃せません。
車体を2度傾斜させることで
曲線通過速度を既存車に比べて5~15km/h UPさせています。

制御方式は、VVVFインバータ(IGBT)で、
モータの出力は170kw/hです。
2006年には早くも輸送力増強を図るため、中間車を追加新造。
3連×10=30両から4連×12=48両に増強し
現在に至っています。
ただ1両に搭載するモータは軸単位配置されていますので、
4連化の際でもMT比は1:1と変化はありません。

今回は、貴重な”3連”時代の画像もUPしました。
パンタグラフにもご注目ください!

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名古屋鉄道 2000系 μミュースカイ
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2012年12月28日 (金)

東京急行電鉄 世田谷線 70形 をUP

東急電鉄70形は 戦中から戦後(1942~46年)にかけて
8両が川崎車輛で製造されました。

Setagaya83__73

当初、集電装置はポールで、また両運転台と
見るからに古風な路面電車の出で立ちでした。
しかし連結運転を念頭に設計されており、
間接非自動制御 (HL)となっています。

1949年に集電装置をビューゲルに変更、
1956年にはパンタグラフ化されました。
1967年に“連結2人乗り”改造を受け片運転台化されています。

80形と同じく1978年から車体更新が始まりました。
外板の全面張替えや電源装置のSIV化などが実施されています。
1990年~には前照灯を前面下部に移動して
シールドビーム2灯化がなされ イメージが大きく変わりました。

また1994年には駆動方式をカルダン駆動に変更し、
台車をTS332に交換しています。

なお1999年より順次廃車となった70形は
2000年には形式消滅しましたが、
足回りは300形に引き継がれています。

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東京急行電鉄 世田谷線 70形
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2012年12月27日 (木)

東急 世田谷線 80形 をUP

東急電鉄80形は、 1950~1953年に、
日立、東横製作所、川車で28両が製造されました。

Setagaya_925_83

81~86は新製ですが、
87~108は旧型車の鋼体化改造となっています。
(種車は88~ 102がデハ1形、87、103 ~ 108がデハ20形)

玉川線末期となる1967年以降に“連結2人のり”化が行われ、
81~84は連結面側の運転室を撤去しています。
ただし85,86号は両運転台のまま残されました。

1969年の玉川線廃止により87 - 103と108号が廃車され、
1978年の段階では生き延びた新製車6両だけに
車体更新(外板の全面張替えや電源装置のSIV化など)が
実施されました。
1989年には前照灯を前面下部に移動して
シールドビーム2灯化がなされイメージが大きく変わりました。

また1994年には駆動方式をカルダン駆動に変更しました。
この時台車をTS332に交換しています。

なお1999年より順次廃車となった80形は2001年形式消滅しましたが、
カルダン駆動の足回りは300形に引き継がれています。

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東京急行電鉄 世田谷線 80形 
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2012年12月26日 (水)

東急 世田谷線用 150形をUP

東京急行電鉄世田谷線用150形は、
1964年に東急車輛で4両が製造されました。

Setagaya83__154

デハ80形などと同じ13m級3扉車体ですが、
オールステンレス車体である初代7000系を彷彿させる
コルゲート付きの角張った車体となりました。
しかし150形はステンレス製ではなく、
スチール製(耐候性高抗張力鋼)なのです。
性能的にも
カルダン駆動で間接自動制御であった名車
デハ200形(1955年製)からは大きく後退した
ツリカケ駆動、間接非自動制御車となりました。
なぜでしょう?
それはデハ200形にできなかったこと。
すなわち他形式との連結=総括制御を可能するためでした。

1983年から更新が始まり、
片運転台化とともに顔つきも少し変わりました。
しかし、70形や80形のようにカルダン駆動化されることはなく、
ツリカケ駆動のまま2001年、300形に置き換えられました。

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東京急行電鉄 世田谷線 150形
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2012年12月25日 (火)

京王電鉄 京王線 7000系 をUP

京王7000系は、1984年から1996年にかけ190両が製造されました。
制御装置などは6000系と同じ界磁チョッパ制御で登場しています。

Keio_7710_1

車体をステンレス製としたことが大きな特色ですが、
初期車はコルゲート仕様でデビュー、
1987年登場の21F以降はビードプレス仕様に変更されましたので
イメージが大きく変わりました。

2001年からリニューアル工事が行われ
2003年には制御方式を界磁チョッパ制御から
VVVFインバータ制御(IGBT)に変更する工事が併せて
行われています。
なお、その際MT比が変更されたので,改番、形式変更がなされ
編成も組み替えられています。

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京王電鉄 京王線 7000系
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2012年12月24日 (月)

京王電鉄 京王線 9000系 をUP

京王9000系は、2000年にデビューしました。 

Keio_9736_11

車体はステンレス製。
日車製のブロック車体となっていますので、
特にサイドは、京王らしさが感じられません。

2005年から2009年にかけて
新宿線乗り入れ対応の30番台(10連×20本)が製造され、
総勢264両となりました。

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京王電鉄 京王線 9000系
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2012年12月23日 (日)

JR貨物 EF67 0番台 100番台 をUP

EF67形は、山陽本線の瀬野 - 八本松駅間に連続する勾配区間(通称 瀬野八(セノハチ))を走行する貨物列車をプッシュする後補機用機関車です。

Ef67_3_

EF60形からの改造車である基本番台(1982年~)と
EF65形からの改造車である100番台(1990年~)に分別されます。

基本番台は3両 (1 - 3)製作されました。
1980年当時は、坂を登りきった後に列車を停止せず、
走行状態で補助機関車を切り離す「走行解放」
を八本松で行っていましたので機関車を列車から切り離す
自動解放機能を装備されていました。
よって①側(東京寄り=押し上げる側)には
貫通路・デッキが設けられているのが特色です。
なお2002年に走行中の 自動解放は廃止されたため、
装備は外されています。

100番台は5両 (101 - 105) 製作されました。
100番台には自動解放機能は取り付けられなかったため、
デッキは省略されています。
2003年より更新工事を受け、
パンタグラフがシングルアーム式になり、
塗装も変更されています。

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JR貨物 EF67 0番台 100番台
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2012年12月22日 (土)

京王電鉄 京王線 8000系 をUP

京王8000系は1992年から1999年にかけて244両製造されました。

Keio_8801_4

7000系は、6000系と基本的に同じ足回りですので、
8000系は約20年ぶりのフルモデルチェンジ
という位置付けになります。

制御装置はVVVFインバータ。
車体はステンレス(ビードプレス仕様)です。
本線の分割運用に対応した6+4の10連と8連の2タイプがあります。

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京王電鉄 京王線 8000系
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2012年12月17日 (月)

Dr.Kの特急ミシュラン File15 JR北海道 789系1000番台

Dr.Kの特急ミシュラン File15 JR北海道 789系1000番台

特急ミシュラン - Michelin Express - File 15 Series 789-1000

Jrh_09_11

JR北海道 789系1000番台 総合評価:☆☆☆
  781系の置換にあわせて、ライラックとスーパーホワイトアローをスーパーカムイに統合するにあたり、785系と編成単位で共通運用するため、2007年に5両編成7本が登場。
  グリーン車や中間車の簡易運転台がないなど、青函間で活躍する0番台とは仕様が異なり、2001年からリニューアルされた785系に仕様をあわせている。
  札幌~旭川間136.8 km を岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川の途中5駅停車で1時間20分、表定速度 102.6 km/hで結ぶ。
 2010年の踏切事故で第5編成が廃車となり、現在は6本。輸送力調整で減便されたので
代替車両は製作されていない。

アメニティ:☆☆☆
 運転時間が短いため、普通車のみで、自由席主体(指定席は1両)で、新製時から2ドアで、960mmピッチの回転式リクライニングシートの自由席4両と、1050mmピッチのゆったり落ち着いた雰囲気のu-seatという指定席(2000番台)が1両の5両固定編成を組む。
やはり北海道ということで、完全なデッキがあり、u-seatはPCコンセントもあるなど、素晴らしいのだが、いかんせん、300円の差でしかない自由席とのアメニティ差が気になるところ。自由席に至っては、近郊用の721系が素晴らしすぎるため、こちらとの差も小さいところに不満が残る。

経済性:☆☆☆☆☆
 「スーパーカムイ/エアポート」「すずらん」の運用を785系とともにこなしている。
すずらんには優先的に785系が運用されているため、南千歳以南での遭遇率は極めて低い。
  守備範囲が狭いうえ、785系と789系あわせて18本を予備車も含めて一元化した共通運用のため、非常に運用効率は良い。

利便性:☆☆☆☆
  785系の項でも述べたが、幹線での本数は確保されており、1時間サイクルのパターンダイヤだけを見ると利便性はいいのだが、旭川以北への特急がランダムダイヤで割り込んできてパターンを乱しているのと、全編成が5両で固定されていて、中間車3両に走行関係の機器を集中したユニットを組むため、785系と違って編成をばらすことができないため、どうがんばっても別に付属編成を用意しない限り増発が難しい。
  また、エアポートでの運用時に6両編成の721系と合わないのが惜しい。

ときめき度:☆☆☆
 特急らしい俊足と、洗練された設備を持つが、札幌近郊の721系で運転される快速のクォリティが非常に高く、非貫通構造で全面眺望も楽しめない。
  u-seatに乗らないのであれば、車齢の割にときめき度は低い。

改善点
 1M方式の自由席仕様の車両を増備し、4~5号車間に挿入して3M3Tの6両編成とし、721系エアポートと編成を揃えたほうが何かと便利。併せて、4+2にばらせるようにしておく。
  785系も500番台の自由席仕様を用意して6両編成にするとともに、中間に押し込んだ元付属編成の先頭車を復旧し、3+3にばらせるようにしておく。
 こうしておけば、繁忙期に10両くらいまでの増結が可能。
  また、一番手っ取り早いのは、261系100・200番台の足回りを整備し増備したうえで、現在オソーツクとボロベツに運用されている183系を一掃し、789系と併結できるようにして、オホーツク、サロベツ用に増備し、スーパー宗谷も含めて共通運用してパターンダイヤに組み込むとともに、旭川までは789系でも増結をできるようにしておく。
 すずらんのダイヤも2時間毎にし、2時間サイクルにスーパー北斗、北斗、すずらんの3本でパターンダイヤが組めると、スーパー北斗と北斗の速度差もあいまって函館口のダイヤも美しく、普通列車のダイヤも揃う。
 朝ラッシュの札幌行きで普通に引っかかって遅くなる便は、江別に停めるのも手。
  南千歳以北ではこれにおおぞらととかち各1本とエアポート8本、普通8本が入るとよい。
札幌折返しのエアポートは札沼線電化区間に乗り入れると格段に札幌近郊の利便性が上がるだろう。

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2012年12月16日 (日)

Dr.Kの特急ミシュラン File14 JR北海道 785系

Dr.Kの特急ミシュラン File14 JR北海道 785系

特急ミシュラン - Michelin Express - File 14 Series 785

JR北海道 785系 総合評価:☆☆☆
 道央自動車道によって札幌と旭川が結ばれるのに備え、競争力強化に増発と時間短縮を念頭に、最高速度130㎞/h、表定速度100㎞/h以上での運転を目指して開発された車両で、先に述べた東武スペーシアと同じ1990年にデビュー。JRグループで初めてVVVF制御を採用した特急車である。

Jrh_785_ne501_06

2001~2002年にリニューアルされ、現在は789系1000番台と共通運用されている。
札幌~旭川間136.8 km を岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川の途中5駅停車で1時間20分、表定速度 102.6 km/hで結ぶ。

アメニティ:☆☆☆
 運転時間が短いため、自由席主体(指定席は1両の半分)で、新製時から2ドアで960mm
ピッチの回転式リクライニングシートの普通席のみで構成されていたが、あまりにも窮屈なため、ゆったり乗りたいというニーズに応え、1050mmピッチのゆったり落ち着いた雰囲気の指定席、u-seat、500番台が登場し、基本4両、付属2両だった編成をすべて3M2Tの5両編成に組み替えた。浮いた付属2両は、近年白鳥系の増結車に活用するため改造転用されている。
同じような水準のほかのJRグループの車両として、File2のJR東海の373系があるが、やはり北海道ということで、完全なデッキがある分、785系に軍配が上がるが若干不満。
 u-seatはPCコンセントもあるなど、素晴らしいのだが、いかんせん、300円の差でしかない自由席との差がありすぎる。

経済性:☆☆☆☆
当初は781系のライラックとあわせて1時間毎の運転で、基本4連でまわしておき、検査時は付属2本で4連を組む形をとっていた。
 現在は781系の置換で登場した789系1000番台6本(7本が新製されたが第5編成は,2010年に踏切事故に遭い、翌年廃車)と共通運用されており、運用効率はいい。

利便性:☆☆☆☆
幹線での本数は確保されており、1時間サイクルのパターンダイヤだけを見ると利便性はいいのだが、旭川以北への特急がランダムダイヤで割り込んできてパターンを乱しているのが惜しい。

ときめき度:☆☆
 特急らしい俊足と、洗練された設備を持つが、札幌近郊の721系で運転される快速のクォリティが高いため、特急のときめき度がかすむ。

改善点
 利便性で述べた点が大きい。とくにオソーツクと揶揄される183系オホーツクが問題。
性能差がそのままダイヤの乱れに出てしまい、カムイが抜ける時間の補完をこの列車に負担させているのが問題。
 261系DCと789系1000番台を併結するか、DC特急でも札幌~旭川間を1時間20分運転をして、宗谷、サロベツ、オホーツクも含めたパターンダイヤにしてもらいたい。
 すずらんのダイヤも2時間毎にし、2時間サイクルにスーパー北斗、北斗、すずらんの3本でパターンダイヤが組めると美しく、普通列車のダイヤも揃う。
南千歳以北ではこれにおおぞらととかち各1本とエアポート8本、普通8本が入るとよい。札幌折返しのエアポートは札沼線電化区間に乗り入れると格段に札幌近郊の利便性が上がる。

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2012年12月15日 (土)

珍車ギャラリー 京阪電気鉄道 80形をUP

京阪電気鉄道の80形は、京津線の各駅停車用車輛です。
京津線には併用軌道区間があり、
      ここでの運用を前提に設計された80形は低床構造で、
路面電車のようです。

Keishin_sen_89

15m級の小型車80形は、両運転台付きで3ドア車でもあり、
他の京津線車輌とは全く趣を異にしています。

      さて1960年当時、京津線はトロリーポールを使用しており、
80形はポールを振り上げて単行で走っておりました。

かように古風な出で立ちである80形は、
いわば小柄で控えめな京女のイメージです。
      しかし、80形に関して言えば、
京女=時代遅れ=か弱い 
というイメージは間違った先入観でしかありません。

80形とはどのような電車なのでしょう。

珍車ギャラリー
京阪電気鉄道 京津線用 80形 
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2012年12月10日 (月)

東京急行電鉄 世田谷線用 300系 デハ300形をUP

東急300形は 1999年にデビューした世田谷線用車両。

Tq300_310a

車体は2車体3台車の連接車です。
MMユニットのオールM編成ですが、
編成両端がM台車、連節部がT台車となっていて、
60kwモータが編成あたり4台搭載されています。

低床構造である路面電車タイプの車両には珍しい
セミステンレスの車体で、
扉は大型の両開きプラグドアを装備します。

制御装置は三菱製VVVFインバータを採用しました。
(MAP-064-60V82形:IGBT)
2001 年には10編成が出揃い、
世田谷線の全車両が300形となりました。
編成毎に塗装が違うのがユニークです。

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東京急行電鉄 世田谷線用 300系 デハ300形
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2012年12月 9日 (日)

神戸市営地下鉄 1000形 -01形 -02形 西神線 山手線用をUP

1977年の西神線の開業にあわせて登場した1000形は、
1987年までに18編成が製造されました。

Kobe_c1000_12f_01

神戸市電のイメージを引く継ぐ濃淡ツートンの緑色
を基調と した車体で番号の字体も個性的です。
このように伝統を引き継ぎながらも、
1000形はアルミボディに冷房付きと当時の地下鉄としては
画期的な電機子チョッ パ制御車で、
ATC(自動列車制御装置)に加え
ATO(自動列車運転装置)までも備えています。

1997年からは年度毎に1~2編成ずつ
リニューアル工事も始まりました。
3000形と同じVVVFインバータ制御(GTO)に変更すると同時に、
客室内装などがリニューアルされています。
これらについては、形式を1100-01形~1600-01形と改めました。

また2004年度からはVVVF制御をIGBT方式に変更,
形式も1100-02形~1600-02形となっています。
車体の文字を変えたわけではないの で、
床下機器の形状からの判別となります。

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神戸市営地下鉄 1000形 -01形 -02形
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2012年12月 8日 (土)

京阪電気鉄道 京津線用 800形 をUP

京阪 800系は 1997年10月。
京都市営地下鉄東西線への直通運転用として導入されました。

Kh805__

地下鉄区間と併用軌道区間を直通するだけでなく、
京津線という急勾配路線も走行することから、
これら全てに対応する多彩な機能を備えています。

地下鉄東西線内ではATO。京津線内では京阪形ATSを使用します。
先頭車がセミクロスシート、中間車がロングシート
となっている点もユニークです。

制御方式はVVVFインバータ制御(IGBT)東洋電機製。
2ユニットから構成される4両固定のオールM編成で、
急勾配区間において1ユニットが故障しても
走行可能な性能を確保しています。

パンタグラフは、京阪初のシングルアーム(PT-7201)となりました。
一方車体はというと普通鋼製です。
これは併用軌道区間での自動車などとの接触事故
が起こった際に車体の修復を容易にするためです。

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京阪電気鉄道 京津線用 800形
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2012年12月 7日 (金)

京阪電気鉄道 京津線.石山坂本線用 700形をUP

京阪700形は1992年に導入された大津線1500V昇圧対応車です。

Kh_708

1次車(701、703Fの2連×2=4両)は350型の車体を、
2次車(705~709Fの2連×3=6両)は500形の車体と台車
を流用しました。(書類上は新製扱い)

制御装置は、「ACRF-H870-793A」、
モータは「TDK8760-A」70kW。
ブレーキはHRD-1(電気指令式ブレーキ)となっています。

同一仕様となった600形とともに石山坂本線で運用されています。

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京阪電気鉄道 京津線.石山坂本線用 700形
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2012年12月 6日 (木)

京阪電気鉄道 京津線.石山坂本線用 600形 をUP

京阪600形は、1984~88年に導入された大津線初の冷房車です。

Kh_607

1次車(601~607Fの2連×4=8両)は300型、
2次車~(609~619Fの2連×6=12両)は260形
の車体を流用しました。(書類上は新 製扱い)

一次車と違い2次車以降は、
パノラミックウインドウとなっていますので容易に区別できます。
2次車以降も、種車となる260形の形状を引き継いでいます。
ですから微妙に違いが見られます。

制御装置は、界磁位相制御「ACRF-M853-788A」で、
モーターは「TDK8565-A(53kW)」
電源には京阪線 に先駆け
静止型インバータ(SIV)が採用されました。

1993年から昇圧対応改造が行われ、
制御装置を700形と同じ「ACRF-H870-793A」へ、
モータも「TDK8760-A」に換装され、 70kWへパワーアップしました。
ブレーキも電気指令式に変更され、
700形とほぼ同一仕様となっています。

現在は700形とともに石山坂本線で運用されています。

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京阪電気鉄道 京津線.石山坂本線用 600形
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2012年12月 5日 (水)

Dr’Kの2012年11月の鉄旅 JR四国のバースデーきっぷを使ってみた。その2

2012年11月の鉄旅
JR四国のバースデーきっぷを使ってみた。その2

しおかぜ10号 宇和島 6:36 ⇒ 児島 10:31
宇和島駅構内のウィリーウィンキー(JR四国系資本のパン屋)で朝食を調達し、しおかぜ10号に乗り込む。昨日宇和島入りした時と同じばいきんまん編成だが、これが昨日は4両だったのが6両に増結され、さらにいしづち10号の2両編成が前についているため、両者あわせて8両編成。すでにグリーンには先客が1名。
宇和島は定刻発。冷え込みが厳しいのか、北宇和島で予土線と別れたとたんに濃霧。
これが伊予市まで続く。
最初の停車駅の伊予吉田ではホーム長が短いため、後ろ4両はドアが開かないが、有効長自体は8両あるので無理やり下り一番列車と交換する。この先伊予中山までは、元々特急停車駅ではなく、国鉄時代は急行以下の停車駅だった駅は、増結された8両分のホーム長がないためドアカットする駅がいくつか続く。次の卯之町では宇和海1号と交換。
この先は伊予石城、八幡浜で普通と交換。八幡浜ではこちらが交換相手の普通より先に着くため、3分待つことになる。伊予大洲では宇和海3号と普通の2本と交換する。
次の内子でも下り普通と交換。こちらが先に到着するので普通を待つ。
内子を出ると、松山までに伊予中山と伊予市に停車するが、交換相手はいない。
これまで停車駅ごとに下り列車と交換していたのがウソのようだ。
松山にはやや遅れて到着。本屋のある1番線に停車。所定で9分の停車時間が確保されて
いるので、ここで遅れは吸収できるのだ。もう1つのアンパンマン編成が、松山でこの列車の到着を待ってから発車する宇和海5号なのだが、しおかぜ・いしづち10号が1番線に入るため、3番線から発車する。
 松山で車掌が交替。やたら声のでかいおっさんに替わる。
次の伊予北条では、いしづち3号と交換し、普通を追い越すのだが、ここから駆け込みで乗ってくる客との会話が筒抜け。マイクのスイッチを切っていないのだ。
あろうことか、車掌氏がこのまま笛を思いっきり吹いたので、けたたましい大音響で笛の音が車内に響き渡る。朝食後でウトウトしかけていたが、これではたまらない。
ここから先は基本的な停車駅(カッコ内は交換列車)で、今治(103M)、壬生川、伊予西条(しおかぜ1号・いしづち5号)、新居浜、伊予三島、川之江、観音寺、多度津、丸亀、宇多津の順に停まっていく。途中の箕浦ではしおかぜ3号・いしづち7号を待たせて交換。
観音寺を過ぎると海辺の景色が美しい区間になり、ここから丸亀まで車販が乗務するのだが、必ず岡山・高松方から回るので、電車しおかぜはグリーンから回ることになるが、DCしおかぜは1号車がグリーンなので後回しになってしまう。これは是正してもらいたい。
多度津で土讃線と合流し複線になる。それも束の間、宇多津の3番線に停車。いしづちと
分割され、いしづちが先に出る。丸亀側からは3番線からしか瀬戸大橋線に入れないためだ。
瀬戸大橋をグリーン車で眺めて児島へ。児島駅前にはヤマダ電機があるため時間はつぶせるのだ。

マリンライナー21号 児島 10:47 ⇒ 高松 11:17
もちろんグリーン、マリンパノラマと言われる展望席、別名鉄ちゃんシート。
児島から乗って落ち着いたと思ったら、いきなりおばちゃん2名が乱入し、はしゃぎながら記念撮影。迷惑極まりない。それならば、初めからこのパノラマ席を取っておけ、といいたい。せっかく落ち着いて瀬戸大橋からの眺めが堪能できると思ったのに台無しだ。
坂出ではワンマン化され国鉄色(マゼンタ)に戻った121系の普通を追い越す。ここからは高松までノンストップだ。高松は定刻着。
少し早いが、乗継間合いで、駅ナカの立ち食い寿司屋七幸で昼食。
瀬戸内の海の幸が美味。うどんを持ち込んで次のうずしお11号に乗る。

うずしお11号 高松12:06 ⇒ 徳島 13:04
 残念ながらうずしおは3連モノクラスなので普通車で我慢。児島で昼食にして児島からこの列車に乗るのも選択肢に入れていたので、指定そのものは児島から徳島までおさえて
いる。8号車に2424が充当されていて狂喜。ここのところ、N2000先行車2両(2424と2458)
との遭遇率が妙に高い。
栗林でさっそく普通を追い越し、そのもう1本前の阿南行を池谷で抜いてしまう俊足ぶり。
この列車は、高徳線内は栗林、志度、三本松、板野しか停まらない最速便。
志度でうずしお12号と交換、阿波大宮で14号と交換。乗車率は上々。
徳島に定刻に到着。徳島での仕事後、高速バスで帰阪。

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2012年12月 4日 (火)

Dr.K 2012年11月の鉄旅 JR四国のバースデーきっぷを使ってみた。その1

2012年11月の鉄旅
JR四国のバースデーきっぷを使ってみた。その1

昼過ぎまでイベントを鑑賞。同業の先輩T氏と出会った。
その後、名古屋に移動。ここから今回の旅は始まる。

ひかり528号 名古屋 17:24 ⇒ 小田原18:35
はこね  44号 小田原 19:05 ⇒ 町田 19:48
 編成はVSE。車両はわるくないのだが、車販嬢の来るタイミングが…
小田原発車直後の落ち着かないときに3人続けてやってきた後、町田に着く直前まで来ない…。車販をあてにしていただけにツラかった。相武台前で線路に人が落ちたで3分ほど遅れる。先にショコラ氏の行きつけの店で一杯やっていたショコラ氏夫妻とA氏と合流し、旧交をあたためる。都内泊。
翌朝、羽田から7:40 ANA 583便で松山へ。松山からはリムジンバスで道後温泉へ。
道後温泉本館で朝風呂を堪能し、道後温泉駅前の「夢而今(ゆめじこん)」のひやあつのつけ麺を朝昼兼用の食事として堪能。魚介ベースのスープが美味。おすすめの一品。

坊っちゃん列車 道後温泉11:29 ⇒ 南堀端のりかえ ⇒ 松山駅前
 松山・道後にきたらやっぱりこれ。人力で方向転換するのが見もの。
11月の連休とあって子供連れだらけ。何人かが大街道で降りる。
わたしは車掌の声掛けにより、松山市駅まで乗っていると切符を受け取る時間が,なくてはいけないので、南堀端で降りてJR松山駅へ。

しおかぜ18号 松山 12:19 ⇒ 多度津 14:22
南風13号  多度津 14:48 ⇒ 高知 16:38
 ここからバースデーきっぷの出番。グリーン車にフリーで乗れるのはありがたい。
特急は原則1番線に発着し、長いホームを生かして縦列停車するのだが、これがグリーン車の客にとってはアダになるのだ。8000系のしおかぜは岡山側、宇和海は宇和島側が半室グリーンなので、どちらにせよホームの先端まで歩かされるうえ、先端部分が非常に狭く、しおかぜ側は8号車のそばにベンチすらないので座って列車を待てないのだ。埒内乗継をグリーン者同士でやるときが最悪で、1番線を端から端まで歩くことになる。琴平とか白浜みたいな折返し列車専用の切欠きホームになってれば、少しはマシなんですがね。それ以外にも、予讃線の電化区間の特急停車駅は宇和島側に改札や出口への階段がある駅が多い(松山をはじめ、それ以外だと伊予西条、新居浜、伊予三島、川之江、観音寺、多度津、丸亀、宇多津が該当)ので、これらの駅ではグリーン席の利用客を歩かせることになっていて、高い金を払っている利用客に失礼になる。
これは早急に改善してもらいたい。連休中だけにそれなりに乗客がいるんだから。
松山を出ると、次は今治。伊予北条には止まらない速達便。
今治を出ると、次の停車駅は伊予西条なのだが、一つ手前の石鎚山で交換のため運転停車。
これ、伊予西条で交換できるようにできないもんかね?
この次のしおかぜとの交換は、3分待つものの伊予三島なのでダイヤ的にも美しい。
この次は多度津で交換するので、ここだけが惜しい。

車販は大幅に縮小され、観音寺から丸亀のみの営業で車販がピストン営業する。
観音寺で8号車から乗車後、停まっているうちから回りだすので、はっきり言って、ものを買えるような状態ではない。

宇多津まで行ってもよいのだが、多度津で乗換。復路は宇多津で乗り換える。
ここでも、最も西寄りにある階段が遠い…。
南風も微妙に交換駅が違うので、停車駅を揃えて交換駅を揃えられないものかなぁ。
個人的には、善通寺、琴平、阿波池田、大歩危、大杉、土佐山田、後免、高知に統一して、交換を善通寺、阿波池田、大杉、土佐山田で統一してやれば、ダイヤもくみやすいやろな。
この列車は、途中豊永で行き違った。
土讃線の山越えはいつ乗っても大歩危付近は車窓が美しい。紅葉のピークを狙ってこの行程にしたが、今年は早いようだ。色づき始めという感じ。
山を下りはじめて3番線まである繁藤をとおり、土佐山田に到着。続いて5分ほどで後免。
途中の後免の0番線には、団臨で運用されているアイランドエクスプレス四国Ⅱが待機して
いた。珍客に心躍る。
高知で下車。高知は高架になってキレイになった。
駅舎内にあった店は高架下に駅ナカ風におさまっている。

高知でカツオのタタキをアテに購入し、南風24号で折り返す。

南風24号 高知 17:13 ⇒ 宇多津 19:04
アンパンマン編成。
17:02に入線するので、乗り込んでトイレへ。
何やらおっちゃんが、おばちゃんが並ぶ。いや~な匂いが…。
おっちゃんが用を足したものが流れない…。
みんなあきらめてほかの車両(4・6号車)に行く。
駅員を呼んで対応を依頼すると、車掌がやってきた。修理依頼を出すという。
やってらんね。ここしか洋式トイレがないだけにツラいところ。
グリーン車のお客さんに言われるのは車掌もつらいだろうが、グリーン車の客が、連休中で混んでる普通車の車内を2両分も突っ切って4号車まで行かなければならないのだから、
気持ちはわかる。
JR四国の特急は、足の速さは一流なのに、アメニティがもう一声という感じでグリーン車の「格」に疑問符を感じることが多い点が惜しい。
そのひとつが、このアンパンマン編成。
家族連れを当て込んでいるのだが、半室グリーンの同じ車両の普通車に持ってくるのは
いかがなものか。
これをやるなら、中間の仕切りに十分な遮音効果を施し、ドアもタッチセンサー式にして、
無駄な開閉を防がなければ、子供がはしゃいでいるのがグリーン席に筒抜けになってしまい、静かに落ち着いて乗れない。これではたまらない。

通路を挟んではさんでいるおっちゃんが顔をしかめている。
この時間になると日も落ちているから、復路は往路のように紅葉を楽しむことはできないが、落ち着いて乗りたいという気持ちは私も同じなので気持ちはよくわかる。
琴平でグリーンの客が1名入れ替わった。
宇多津に到着。分割作業を観察。

宇多津はこの時間になると、丸亀方の階段を封鎖するので、1号車からまたも歩かされてしまうので、私のように分割を見物に行く、でもなければ、ここでも無駄にグリーン車の客がホームを歩かされることになるのだ。
しおかぜの8号車の位置だけ屋根がないというのも、疑問。

JR四国は、グリーン料金を払っているグリーン車の客をもっと大事に扱うべきだ。

細かいことだが、こういうところが気が利かないというか、グリーン車の「格」を疑うところなのだ。

しおかぜ23号 宇多津 19:12 ⇒ 松山 21:29
宇和海29号  松山 21:46 ⇒ 宇和島 23:04
 入線時にグリーン車の客は2名。ところが、1名は私の席に座っている。
どういうこと? 車掌に声をかけると、丸亀を過ぎて対応に来たが、その時には逃げていた。
またもJR四国のグリーンの「格」を疑う一面。
気安く入れすぎ?
JR西日本の287系やHOT7000系のように、グリーン席を通らなければ同じ車両の普通席に行けないというのも問題だが、デッキが分かれているのに気安くグリーンに入れる雰囲気があるのもいただけない。
瀬戸大橋と予讃線の多度津以東以外、JR四国には複線区間がないので、多度津からは
交換のための運転停車があり、いきなり海岸寺でこれを行う。停車駅以外ではこの先伊予寒川、伊予小松、伊予亀岡とで交換する。
列車は漆黒の闇を疾走する。交換相手の遅れで、今治で4分遅れになるが、松山では2分にまで回復する。
松山では、L編成(4~8号車)がいったん入庫しミッドナイトエクスプレス松山に運用され、翌朝のしおかぜ2号になるが、S編成(1~3号車)はそのまま21:36発のいしづち36号になって高松まで折り返すため、慌ただしくL編成が切り離される。
こういうところでも、編成順序が逆ならこう慌ただしくはならない。
時短も大事だが、ダイヤをパターン化して、グリーン車の客の利便性を確保することも大事だと思った。
宇和海29号はばいきんまん編成で当然ながら宇和島側がグリーン車の1号車の4両編成。
1番線ホームを端から端まで歩く。

グリーンの客は私を含め2名。自由席はそこそこ乗っている。
鉄ちゃんシートに八幡浜まで1名。私は3Cで宇和島まで。
伊予大洲を過ぎるとたわわに実るみかんが闇の中に時々浮かぶ。
伊予大洲、八幡浜以外の途中停車駅はこの時間になると無人になるので車掌が集札する。
宇和島には定刻に到着。宇和島は朝も夜も早いため、朝食は翌朝調達することにして、宿に直行。

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2012年12月 3日 (月)

京阪電気鉄道 京津線,石山坂本線用 300形350形500形をUP

★300形(1965年301 - 304/1967年305 - 308)

Keishin_sen_307

初代300型の制御機器である
英国デッカー社製(1923年)「DK-C改」に
ブリル台車MCB-II(301~304)、MCB- IIX(305~308)
と年代物の鉄道遺産に、
川崎製の片運転台・両開き2ドア車体を組み合わせたものです。
1970年にスライダーポールからパン タグラフに変更しています。
足回りが古い分、260形に先がけ1984年に全車廃車されました。
ただし車体は600形1次車(601~608)に流用されています。

★350形(1次車:1966年351 - 355/2次車:1967年356-361)

Kh_keishin_356

琵琶湖鉄道汽船が新造した100形がルーツとなる800形の機器
を流用して3000形同様の車体を組み合わせたものです。
(但し1次車は両運転台)
石山坂本線線用であるため発電ブレーキなどは省略され
京阪線一般色となっています。
モータの出力こそ82kWと強力ですが2個モーターですので
車両単位では出力は低くなっています。
1970年にスライダーポールからパンタグラフに変更しました。
1997年10月の大津線昇圧時に形式消滅しました。

★500形
(501-502(←285-286)503-504(←283-284)1979年改造)
(505-506(←281-282)1981年改造)

Kh_keishin_501

260形4次車を種車に車両高性能化を図るため改造されたものです。
大津線の昇圧にあたり、1992~93年にかけて廃車、
700形705 - 710の種車となりました。

★あと100形貨物電車122もUPしています。

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2012年12月 2日 (日)

京阪電気鉄道 京津線、石山坂本線用 260形 をUP

京阪 260形は1957~1968年に
100型・200型の機器を再利用して製造されました。

Keishin_sen_274

製造年次により、車体形状等、変化がみられます。
また製造後も数次にわたり改造工事をうけています。
集電装置は当初スライダー式ポールでしたが、
1970年にパンタグラフに変更しています。
また1971~1973年にかけて片運転台化され、
2両固定となりました。
同年、主制御器も新造のEC-260(電動カム軸式)に交換しています。

登場当時は、赤とオレンジの京阪線特急色でしたが、
1980年から一般色へ変更がすすめられました。
1979年より、4次車が500形に改造。
1986年からは3次車.2次車から廃車が始まり
その車体は600形に流用されています。

片開き扉車であった1次車は他形式への改造はなされず、
260形として天寿を全うし、
1997年の大津線昇圧時まで生き残りました。

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2012年12月 1日 (土)

京阪電気鉄道 京津線用 80形 をUP

京阪80形は、  1961~70年に京津線の各駅停車用として、
81 - 96の16両が近畿車輛で製造されました。

Keishin_sen_95

併用軌道区間における各駅停車運用を前提に設計されたことから、
低床構造で扉と連動する乗降ステップが付きました。
15m級の両運転台車としてデビューした80形は、3ドア車でもあり、
他の京津線車輌とは趣を異にしています。

足回りもパワフルです。 モーターはTDK-543/1-B(45kW)。
これを各車に4台ずつ搭載。
ギア比も4.21と吊り掛け駆動車としては高く設定し、勾配区間で、
かつ急行列車から逃げ切らなくてはならない条件をクリアしました。

そんな高性能に似合わないスライダーポールで登場しました。
但し、ポール集電からパンタグラフ集電へ切り替えられた
1970年製の94 - 96は当初から通常パンタで登場しています。

1971年には、両運転台車である81 - 93を
2両固定編成とする改造工事が
1989年には冷房化改造工事が開始されました。

しかし、1997年10月。
市営地下鉄東西線建設に伴う京津線併用軌道区間廃止
のあおりを受け姿を消しました。

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