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2012年9月の記事

2012年9月30日 (日)

名古屋鉄道 7500系パノラマカー(前期形 1.2次車)をUP

名古屋鉄道7500系パノラマカーは
7000系の改良型として1965年に登場しました。

Mt750005

抵抗制御から界磁チョッパ制御(回生ブレーキ付き) に進化し、
定速度制御(結果的には撤去)を可能にしました。

性能は7000系を凌駕するものと言っていいでしょう。
外観的にも7000系とよく似ていますが、床面の高さが低く、
並べてみるとその違いは歴然としています。

ただ7500系は先進的なそのメカゆえ他形式との併結ができず、
7000系よりも先に姿を消すことになりました。

ここでは、1963年製の1次形(01.03.05.07F)、
1964年製の2次車(09.11.13F)をUPしています。

ともに6連でデビューしています。
7000系1.2次車同様、
TAC-15-T2形クーラーを天井に搭載しています。

鉄道車両写真集
名古屋鉄道 7500系パノラマカー(1.2次車)

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2012年9月29日 (土)

名古屋鉄道 7500系パノラマカー(後期形 3~6次車)をUP

1965年に登場した7500系は、
その先進的なそのメカゆえ他形式との併結ができず、
7000系よりも先に姿を消しています。
7500系の前期形は2004年から05年にかけて廃車されましたが、
1967年~70年にかけて増備された3次車以降の後期形は、
それより12年も早く、
なんと92年~93年にかけて廃車されてしまうのです。

Mt7521

本線特急を指定席車+一般車に組成し直す
政策変更がその理由です。
モーターなど機器の多くが
1030-1230系、1850系に流用されることになりましたが、
哀れと言うより他ありません。

なお、クーラーは7000系後期車同様、
PRU-1504形を天井に搭載しています。

鉄道車両写真集
            名古屋鉄道 7500系パノラマカー(後期形 3~6次車)
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2012年9月28日 (金)

福岡市営地下鉄  2000系 空港線.箱崎線用をUP

1993年3月の空港線博多駅 - 福岡空港駅間の開業にあわせて、
1992年から導入されました。

Fukuoka_2505_1

1000系の増備車両という位置づけで、
6連×6本の36両が製造されましたが、
編成番号は1000系の続き番号とし、
製造順に19 - 24の番号が付与されています。

福岡市交通局では編成番号が重視されているようで
この編成番号が前面に固定表示されています。

1000系と同様、
空港線・箱崎線およびJR筑肥線乗り入れ用として使用され
地下鉄線内ではワンマン運転が実施されています。

電機子チョッパ制御だった1000系に対し、
2000系はGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御です。
(1998年に製造された第24編成はIGBT)

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            福岡市営地下鉄  2000系 空港線.箱崎線用

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2012年9月27日 (木)

名古屋鉄道 7300系 AL車をUP

名古屋鉄道7300系は
旧型車である3800系(800形からも1両)の機器を流用し、
7000系パノラマカー(7次車)と
同等の車体を組み合わせた車両です。

Mt7304

デビューは1971年。
2連×9本(18両)と4連×3本(12両)の
計30両が在籍していました。

座席指定特急にも使用するため、
空調完備・固定窓のオールクロスシート車で
ミュージックホーンまで装備されていました。
これほどの設備を持ちながら吊り掛け駆動という珍車です。

また、吊り掛け駆動ではありますが、
AL車(間接自動制御車)ですので、
他のAL車との連結が可能となっています。

台車は当初3800系の日車D-18形でしたが、
1978年に住友FS-36形に変更されました。

1997年4月に名鉄での営業運転を終了し、
1500Vに昇圧されたばかりの
豊橋鉄道に譲渡(28両)されました。

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2012年9月26日 (水)

福岡市営地下鉄 3000系 七隈線用 をUP

福岡市営地下鉄3000系は、2005年に、
七隈線(3号線:橋本~天神南)開業に合わせて投入されました。

Fukuoka_3110

アルミニウム合金製の車体は、ドイツの工業デザイナー、
アレクサンダー・ノイマイスター氏によるデザインで、
21世紀に開業した新時代の地下鉄を感じさせます。

車両の長さは16,500mm(先頭車16,750mm)、
幅2,490mm、高さ3.145mmで、
1000系・2000系に比べて小振りになっています。

VVVFインバータ制御車ですが、
鉄輪式リニアモーターを採用したことで
車両の小断面化を実現しました。

ワンマン全自動運転を採用しており
無人運転も可能となっています。

また地下鉄でありながら
運転室がオープン構造となっているのがユニークです。
運転席を通してトンネルの様子を楽しむことができます。

鉄道車両写真集
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2012年9月25日 (火)

JR東日本 E351系 量産改造車1000番台 をUP

JR東日本のE351系は
中央本線で使われていた183系・189系特急電車を取替、
あわせて特急「あずさ」を高速化するために
1993年に開発された電車です。

Jre_351_s02_12_tce351_1002

路線のカーブに合わせ、
あらかじめ車体傾斜をコンピュータ制御する
「制御付自然振子式」を採用しました。

ここでご覧いただく画像は
1996年3月に量産改造され1000番台となった編成です。
(S.2+S21)
東京方が付属編成となりました。
またパンタグラフが
シングルアーム(PS-31))にとりかえられています。

鉄道車両写真集
JR東日本 E351系 量産改造車1000番台のトップページへJUMP

先にUPした量産先行車をご覧いただいていない方はこちらを

            JR東日本 E351系 量産先行車

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2012年9月24日 (月)

JR東日本 E351系 量産車をUP

JR東日本のE351系は
中央本線で使われていた183系・189系特急電車を取替、
あわせて特急「あずさ」を高速化するために
1993年に開発された電車です。

Jre_351_s03_12_tce350_3

路線のカーブに合わせ、
あらかじめ車体傾斜をコンピュータ制御する
「制御付自然振子式」を採用しました。
今回ご覧いただく画像は量産車で1995年に落成した編成です。
(S23+S3)
先行量産車との主な違いは
VVVFインバータ装置がIGBTとなったこと、
クーラーの形状、
東京方が付属編成となったことなどです。

なお撮影は、新宿駅 2000年7月です。

鉄道車両写真集
            JR東日本  E351系 量産車 のトップページへJUMP

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2012年9月23日 (日)

珍車ギャラリー クモハ103-48 昔の姿を発見! 

珍車ギャラリーでクモハ103-48をご紹介しました。
キャッチコピーは「昔の名前で出ています。」です。
それをいうなら、
なんとか その昔の姿を見ていただかなければ…。と探しました。

ありました。

編成表で青22号のままで、
奈良区に転属されたと言うことで
103系色別アルバムの中から見つけました。

なんと申しましょうか。めっちゃ嬉しい!
もちろん、HPにも画像をUPしています。
是非ご覧ください。

珍車ギャラリー
JR西日本 103系 クモハ103-48 広島区D編成
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2012年9月22日 (土)

名古屋鉄道 7000系パノラマカー(白帯車)をUP

名鉄特急は1977年、座席指定制となり、
7029F以降と7700系には特急車整備が施されました。

1982年、国鉄が117系を登場させるに及び、
名鉄では特急車にテコ入れをすることになります。
そして在来車との差別化を図るために白帯を入れたのです。

Mt7004w

1988年には新型特急車の1000系がデビュー。
白帯車は7003Fから一般仕様に戻されることになります。
そして 1999年には、新型特急車の1600系の登場に合わせ、
7000系、7700系白帯車は消滅することになるのです。

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名古屋鉄道 7000系パノラマカー(白帯車)のトップページへJUMP

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2012年9月19日 (水)

JR西日本 101系(淀川区) をUP

国鉄時代、関西地区において101系は、
大阪環状線・桜島線・片町線・関西本線で使用されていました。
しかしJR西日本に継承されたのは、
淀川電車区配属で片町線用の14両(うち冷房車8両)のみです。

Jrw_101_22_0001

2編成とも6M1Tの編成ですが、
中間車のT-M-Mは非冷房という'珍編成です。
オールMの6連で桜島線に使用されたこともありましたが、
91年には、同線での営業運転を終了し、
翌92年には全廃されました。

奇跡的に14両全て、J鉄撮りにて撮影済みです。

対して103系については、J鉄撮りが完成していないのが
多く、穴が多いのです。
正直言って、あんなに早く103系が片町線から消えるとは
思っていなかったんですね。

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JR西日本  101系(淀川区) のトップページへJUMP

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2012年9月18日 (火)

JR西日本 103系5000番台(片町線用) 

片町線は89年3月の改正で、木津駅 - 長尾駅間が電化され、
快速の運転区間を拡大することになりました。

ところが木津-長尾駅間は7両編成に対応していません。
そこで103系を分割併合仕様に改めることにしたのです。

Jrw_103_m5010_0004

④号車(サハ103)と⑤号車(モハ103)の双方に
自動解結装置が取り付けられることになりました。

ただサハ103については、
床下機器の位置に問題があり方転改造をしたことから、
新形式のサハ102(=5001~5013)が付与されました。
またモハ103については
運転台も新たに設置、クモハ103(=5002~5016)となりました。

こちらが基本編成になります。

翌90年3月には基本編成を4連に増強しました。
付属編成④号車のサハ102形を基本編成⑥号車に移動。
サハ102は自動解結装置を撤去、
0番台(=1~13)に改められます。
そしてその自動解結装置は
付属編成③号車のモハ102に取り付けられ、
モハ102-5000番台が新たに登場することになるのです。(=5001~5013)

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JR西日本 103系5000番台(片町線用) のトップページへJUMP

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2012年9月17日 (月)

珍車ギャラリー JR西日本 103系 クモハ103-48 広島区D編成を UP

片町線の電化区間延長に合わせ短編成化された103系は、
207系に追われるように、
その活躍の場を広島に変えることになります。
広島運転所の103系D編成(D1~3)となった彼女らは、
1993年に瀬戸内色に装いを改め、4連で広島入りしました。
その後、サハ102を引き抜かれ(日根野に転属)
3連となったD編成ですが、
2002年にワンマン改造され、2007年にはトイレも新設されました。
現在も呉線をメインに快速列車として活躍中です。

Jrw_103_d01_3

さてD2、D3編成には、クモハ103形2500番台という
いかにも いわくありげな車両がついていますが、
D1編成には、
クモハ103形-48と平凡な番号の車両がついています。

ところが、彼女こそ珍車と呼ぶにふさわしいのです。
詳細はこちらを…。

珍車ギャラリー
JR西日本 103系 クモハ103-48 広島区D編成
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2012年9月14日 (金)

JR北海道 785系 オリジナル車 スーパーホワイトアロー をUP

785系は函館本線の札幌駅 - 旭川駅間の電車特急用として
1990年5月にデビューしました。

Jrh_785_ne2_01_mc7852

「JR北海道」発足後、初の特急形電車です。また
JRの在来線特急形電車で初のVVVFインバータ制御となります。
車体は軽量ステンレス。 特急「スーパーホワイトアロー」として
札幌駅 - 旭川駅間 を1時間20分で走破し、
その表定速度は 100km/hを上回りました。

インバータ電車ですが、発電ブレーキを使用するため、
屋根上に抵抗器を装備しているのが特徴です。

基本編成4連×5と付属編成2連×5で登場しました。
全車普通車のモノクラス編成でグリーン車はありません。

2005年からリニューアルされています。

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JR北海道 785系 オリジナル車 スーパーホワイトアロー
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2012年9月13日 (木)

JR東日本255系-Boso View Express-

JR東日本255系-Boso View Express- は
1993年7月に房総方面の特急車両としてデビューしました。

255_be01_9

ビジネスとリゾートのどちらにも対応できる
「ハイブリッドモビリティ」がコンセプトです。

JR東日本の特急形電車としては初のVVVFインバータ制御車で
最高速度は130km/h。

スチール製の車体構造は253系NEXと共通で、
製作コストの軽減化を図っています。
ただ253系とは違って普通車もリクライニングシートです。

9連×5本の計45両が制作され
「ビューさざなみ、ビューわかしお」として使用されました。
(今はビューが外されています。)

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2012年9月12日 (水)

JR東日本 E351系 量産先行車 をUP

E351系は中央本線で使われていた183系・189系特急電車を取替、
あわせて特急「あずさ」を高速化するために
1993年に開発された電車です。

Jre_351_proto02_0001

路線のカーブに合わせ、
あらかじめ車体傾斜をコンピュータ制御する
「制御付自然振子式」を採用しました。

ここでご覧いただく画像は量産先行車で
1993年に落成した(S1.2+S21.22)編成です。
1994年夏以降に編成組み替えにより、
東京方が付属編成となる前の編成となっています。

量産車との違いは
VVVFインバータ装置がGTOサイリスタであることと、
クーラーの形状の違いがあげられますが、
パンタグラフがシングルアームではなく
大型菱形パンタグラフ(PS-26C)であったことも注目です。

1996年には量産車改造が施され、
今はシングルアーム(PS-31)になっています。
旧パンタの画像は結構レアです。 しかとご覧ください。

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2012年9月 9日 (日)

サイキョージ氏の「大人の休日倶楽部2012 北海道編その4」

9/1(土) 
札幌→旭川→富良野→滝川→岩見沢→苫小牧→新千歳空港

札幌発8:25の「スーパーカムイ5号」に乗り9:45旭川に着く。

木材の集積地であるだけに
木の香りが漂う新しい駅舎は斬新な感じがする。
ここで富良野線の「秋のノロッコ号」に乗り換える。

1_4

乗り心地は悪いが自然の風が心地よい、
と思いきや日差しも強く、風も熱い。
北海道の冷たい秋風ではない。
9月に入ったのに
まだ秋の気配が見えない。

富良野線は丘を走る路線だ。
アップダウンはするが
概ねなだらかなところを走り、トンネルもない。

その昔、
釧路へ抜ける鉄路は富良野線経由だったのもうなずける。

丘のラベンダーは見頃を終わっていたが
絵になる風景が沿線のあちこちに見られた。

富良野着11:32

昼食のあと富良野発13:08
根室本線の単行の気動車キハ40に乗り滝川を目指す。

石勝線ができたあとこの区間は特急が走らなくなり、
ローカル線に成り下がった本線である。

滝川までに芦別、赤平など炭坑のあった町を通っていく。

芦別駅構内は引き込み線が何本も残り、昔
この駅から石炭の積み出しが行われていたことがうかがえた。

線路も昔は複線であったのか
1本引きはがしたあとが滝川まで続いている。

滝川から「スーパーカムイ24号」で岩見沢まで出て、
旅の最後は苫小牧まで室蘭本線に乗る。

岩見沢発15:06単行の気動車キハ40に乗り苫小牧を目指す。

なんと一部区間を除きりっぱな非電化複線区間が苫小牧まで続く。

道央でとれた石炭を室蘭港まで運ぶための路線だったのだろう。
駅間は長くほぼ直線の路線である。1_5

炭坑が閉山した今、複線の鉄路を
単行の気動車は結構なスピードで走り抜けていく。

北海道の筑豊本線というべきか。
この路線、もっと貨物を走らせるとかして
有効利用できないものかと考えてしまう。

この気動車の中で90歳の「スーパー鉄おばば」と出会った。
東京在住で北海道の鉄旅をされている。

この列車では、で苫小牧まで行かれるそうである。

岩見沢から特急に乗らずに、
なぜ冷房もないキハ40に乗って苫小牧まで行かれるのだろう。

尋ねてみると、
乗換で荷物の運びおろしがたいへんなので
直通で苫小牧まで行ける室蘭本線に乗られたそうだ。

なるほど。

苫小牧から「北斗11号」、
南千歳で快速エアポートに乗換えて新千歳空港着

17:16。
夕食をとったあとSkymark178便で神戸まで帰った。

神戸空港着21:00、
神戸空港は三ノ宮に出さえすれば新快速が利用できるので
関空より使い勝手が良いことがわかった。

この空港を利用してまた鉄旅をしたいものである。

今回はサンライズの遅れのために出鼻をくじかれ、
予定通りに行かなかった旅であった。

また食い物はうまかったが避暑にならないほど暑い、
まさにHottkaidoであった。

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2012年9月 8日 (土)

サイキョージ氏の「大人の休日倶楽部2012 北海道編その3」

8/31(金) 江差→函館→長万部→ニセコ→札幌

江差8:09発の函館行きに乗り函館着9:25。

函館発12:30「スーパー北斗9号」の指定がずっと取れず、

いやな予感がするので函館市電全線はあきらめ、

五稜郭公園前往復に変更。

五稜郭タワーに上がって
五稜郭の外廓や函館市内を一望しただけで
早めに函館駅に戻ることにする。

1_2

12:00に函館駅に戻り、かにめしとビールを買い込み、
すでにホーム入線している「スーパー北斗」の自由席の列に並び、
やっとの思いで席を確保した。
そのすぐあとに到着した「スーパー白鳥11号」の客が
自由席2両になだれ込むと
自由席車両は山手線の通勤電車並みの混み方になった。

あまりの混み方に指定席車両の通路を
立ち客に開放したため自由席通路に少し空間ができた。

この連絡はおそらく
「はやて11号東京発6:28」→「スーパー白鳥11号新青森発10:16」
の乗り継ぎだろう。

東京発朝イチの「はやて」に乗ればこうなるんだ。

大人の休日倶楽部は侮れない。

 「スーパー北斗」を長万部で降り、
イベント特急「ヌプリ」(キハ183)函館本線経由札幌行きに乗り換える。

1_3

「ヌプリ」は山線の主要駅に30分ほどずつ止まる。
「ヌプリ」が駅に到着すると、
地元の人たちのお迎えがあり、ホームに市が立つ。

乗客は駅に止まるたびに名産品を買い求めていく。
ニセコ、倶知安、余市で私も名産品を買ってしまった。

ニセコのヨーグルト、余市のアップルパイはおいしかった。
結果、長万部から4時間もかかり、札幌着18:29。

本日で最終のイベント特急に乗れてラッキーだったが
札幌に近づくほど体重が増えていく罪な列車だった。

札幌泊

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2012年9月 7日 (金)

サイキョージ氏の「大人の休日倶楽部2012 北海道編その2」

さて気を取り直し、東京駅で小型の時刻表を買い込み
喫茶店でモーニングセットを食べながら予定を考え直した。

八戸から乗る予定だった「はやて25号」には
大宮から乗ることにして指定を確保した。

まず東京から新宿まで出る。
中央線「スーパーあずさ」を八王子まで乗り、
八高線、川越線経由大宮まで行くことにする。

八高線は東京を走る唯一の地方交通線である。
都心からここまで離れると車窓は、武蔵野のいなかである。
農地は関西より土が黒っぽい。

また米軍横田基地の中を横切るので
東福生のあたりの車窓は星条旗はためくアメリカそのものだ。

高崎まで行きたいのだが
電車の運行形態が高麗川から川越線に入り
川越からは埼京線へ乗り入れてしまうので今回はあきらめる。

大宮での待ち時間が1時間と少しあったので
ニューシャトルにのり鉄道博物館に行きすぐに引き返した。

博物館滞在時間約30分、
時間があれば1日いても飽きない場所である。

大宮で弁当とビールを買い込み「はやて25号」に乗り、
一路北海道を目指す。

福島をすぎるころから眠りに落ち、気がつけば盛岡だった。
新青森で「スーパー白鳥25号」に乗り換える。

前回、八戸乗り継ぎの「スーパー白鳥」の自由席で
山手線のラッシュよりひどい混み方を経験しているので

今回は真っ先にこの指定を押さえたのであるが
乗車率50%といったところか。肩すかしであった。

 

中小国をすぎるころからレールが3線軌条になり
着々と新幹線の対応が進んでいる。

青函トンネル内はほぼ新幹線が試運転できる状態
になっているようだ。

この電車は竜飛海底に止まりトンネル見学者を拾っていった。

トンネルを抜け北海道に入ると
新幹線の明かり工事が急ピッチで進められており
木古内駅の高架工事は佳境に入っていた。

木古内着17:13

木古内からは単行の気動車キハ40(冷房なし)に乗り
江差線を乗り潰す。

新幹線開業後は廃線が決定した区間なので
早めに乗っておきたかったのだ。

吉堀~神明間は13Kmあり20分以上止まらない。

山に分け入り並行する道路もない。
あるのは鉄路のみだ。
乗っていて不安になってくる。

江差到着18:58。

江差は民謡江差追分で有名な日本海に面する町である。
夕食に入った割烹で食べたニシンのひつまぶしはうまかった。

地酒は栗山の純米酒がいける。

今年の函館地方はお盆をすぎたあたりから
30℃を超える日が続いているそうだ。

夜になっても蒸し暑い。
避暑のつもりで来たのにゲンナリしてしまう。

江差泊

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2012年9月 6日 (木)

サイキョージ氏の「大人の休日倶楽部2012 北海道編その1」

 お盆は休まずに働いたので避暑をかねて
北海道に行く計画を立てた。

ちょうどいい具合に8/30から
大人の休日倶楽部の会員パスが使える。

この日から2泊3日の旅程を組み、
復路のLCCの航空券をとることからはじめた。

2ヶ月前の9時から航空券が発売になるので
パソコン画面と時計とにらみながらすべてのデータを入力してから

用意ドンでスカイマーク178便(新千歳~神戸)¥9,800をゲット。

北海道の鉄路は長大な盲腸線ばかり
で飛行機と特急ノリホのチケットがなければ
とてもじゃないが効率よく回れない。

ちなみに私は北海道の鉄道路線については
未だ半分も乗っていないのである。

まず比較的乗りやすい道南、道央から
少しずつ乗りつぶしていこうと考えている。

8/30(木) サンライズのサプライズ

大阪→東京→(二戸→久慈→八戸)→新青森→木古内→江差(泊)

   (   )内はサンライズの遅れのため行けなかった。

Dr.kがよく使うサンライズを大阪から乗り、
東京で朝イチから動けるように考えた。

しかし大阪0:32発のサンライズ瀬戸・出雲は、伯備線の
倒木事故の遅れをひきずり大阪で40分遅れの出発である。

1

定時であれば東京着7:08、
7:32発「はやて15号」との乗り継ぎ時間は24分なので
20分ほど遅れを取り戻してくれればなんとか間に合う
という微妙な遅れであった。

検札にきたカレチにこのことを伝えておいたが、
この先、遅れがどうなるかわからないらしい。

乗り継ぎのことを考えると熟睡できなかったが
静岡あたりで眠りに落ち、熱海駅を出たところで
おはよう放送を聞くとなんと22分遅れだ。

このあと東京まで遅れが縮まることはない。万事窮した。

すぐカレチにJR東日本の列車指令と交渉してもらい
「はやて」の出発を遅らせてくれるようにお願いしたが
当然のごとく無理だった。

JR西日本はJR東日本に対して
ずいぶん遠慮がある感じがしないでもなかった。

結局、東京着は23分遅れの7:31。
駅でかけっこをしたが、今回乗りたかった
7:32発のE5系「はやて」は私を置き去りにしていった。

考えが甘かった。

 ●サンライズの教訓とJR西日本への要望

① サンライズは瀬戸大橋線、伯備線の遅れをひきずる列車である。
乗り継ぎをする場合最低1時間はみておくべきである。

② 熱海で40分以内の遅れであれば
新幹線始発6:35の「こだま800号」に乗り換えれば
東京着7:20で12分の遅れにとどまる。

ただしこの場合熱海の1つ手前の停車駅、
沼津で遅れの情報を仕入れておく必要があるので
沼津で一度起きる必要がある。

今回私は、まさにこの場合であった。
気の利くカレチさんなら沼津でおこしてくれたかも。

③ JR西日本への要望
遅れが見込まれる時、おはよう放送は沼津でする。
この段階で遅れの情報を流し、
必要であれば熱海で新幹線に乗り換えるように案内する。

新幹線に乗り換えなければ
東京駅からの乗り継ぎに間に合わない特急券を
所持している客には無料の振替乗車票を提供する。

「はやて」が待ってくれないのなら
これぐらいのサービスはすべきだ。

以上考えていただきたい。



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2012年9月 5日 (水)

十和田観光鉄道 2012年3月 をUP

十和田観光鉄道は、2012年3月31日をもって、
電鉄線(十和田市~三沢)を廃止しました。
大正11年9月に開業以来89年の歴史に幕を下ろしたのですが、
ここでは廃止直前の2012年3月に撮影した画像をUPしています。

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かねてから1984年に撮影した画像もUPしています。
こちらも是非ご覧ください。

鉄道車両写真集
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十和田観光鉄道 1984年8月 へJUMP

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2012年9月 2日 (日)

珍車ギャラリー 広島電鉄 5000形グリーンムーバーをUP

1999年3月.。
      広電5000形の第一編成5001Fがデビューしました。

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5000形はドイツシーメンス社製。
ロシアの大型輸送機アントノフAn-124に載せられ、
      ドイツ・ハーン空港から広島空港へ空輸されました。

補助金の申請期限に間に合わせるためだったこともあるそうですが、
話題作りのために、マスコミに注目してもらおうという意図が感じられます。
事実、そのときの映像は私にとっても衝撃的で今も目に焼き付いています。

さて、広電は何をアピールしたかったのでしょう。

珍車ギャラリー
広島電鉄 5000形 グリーンムーバーへJUMP

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