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2011年8月14日 (日)

サイキョージ氏「夏の鉄旅2011」

今年の夏はT氏と信州の私鉄と碓氷峠の鉄道遺産を巡る旅をした。Dsc_4803
 
8/3(水)
 
集合場所の上田駅に少し早めに着いた私は
JR上田駅で帰りのキップを購入する。
購入区間は吾妻線の大前から、
上越線、北陸回りで京都までである。
みどりの窓口のおにいさんに
「長岡から「きたぐに」を利用する。」
と言ったのだが
彼は経路図を見ながら私に
「米原経由ですね?」
と的はずれの質問をしてきた。私が
「米原経由でも湖西線回りで計算するハズだよ」
というと時刻表でそれを確認して発券してくれた。
(時間はかかったけど。)
「Dr.Kならどのような対応をしたかな」
と想像するとおもしろかった。
この発券があとで興味深いことをを引き起こすことになる。
 
この日は上田電鉄、長野電鉄屋代線を乗りつぶすことにする。
東京より夜行バスで信州入りしたT氏と上田駅で無事合流する。
使ったキップは「上田電鉄外湯入浴券付ききっぷ」。
上田~別所温泉の往復運賃と
3ヶ所の外湯巡りができるチケットである。
風呂代が多少安くなるぐらいで
あまりお得とはいえないキップである。
上田から丸窓の旧東急電車に乗る。

人口15万人程度の都市で鉄道を維持するのは
たいへんだろうと思うが沿線に大学があり
学生の利用が多いのが幸いだ。
Dsc_4695

乗って残そう別所線。

別所温泉に到着すると和服の女性駅長が出迎えてくれた。
昼食と入浴をすませ寺巡りをする。
信州の鎌倉とよばれるだけあって
古刹、名刹とよばれる寺が多い。
その中で茅葺きの本堂をもつ常楽寺を拝観した。
裏庭にある苔むした古い墓が美しく感じる。
 
別所温泉から上田まで戻りしなの鉄道で屋代まで行く。
使ったキップは「小布施・軽井沢」フリーキップ。
JR長野~篠ノ井間、長野電鉄、しなの鉄道が乗り放題、
2日間有効で3500円というかなりお得なキップである。

屋代まではJR時代の115系の電車に乗る。
この電車も早晩なくなる運命だろうが、
しなの鉄道では新車を導入する余力はないだろう。
次はどうするのか心配だ。
ディーゼル化にだけはしてほしくない。
 
屋代で長野電鉄屋代線に乗り換える。
跨線橋を渡り長電のホームに立った瞬間、
歴史が30年ほど遡った感じがする。
待合室や表示板などがレトロなまま大事に使われている。
これは感動もの。
屋代線は廃線の時期が迫っているのか
カメラを持った鉄が多く乗っている。(私たちもそうだが)

電車は営団地下鉄(現東京メトロ)日比谷線で
使われていた車両でクーラーがない。
窓を全開しても少ししか開かないので暑い。
節電にはもってこいの車両だ。
 
須坂で長野線に乗り換える。
須坂には長電の車庫があるので
いろんな電車を入替作業中に見られた。
レトロな2000系、元JRの253系NEX、元小田急のロマンスカーなど、
ここでは東京地区で引退したいろんな車両が楽しめる。
30分の待ち合わせで湯田中行の特急「スノーモンキー」に乗車。Dsc_4780
この電車は東京~成田空港で使われていた成田エクスプレスだ。
追加料金100円で大名気分になれるすばらしいサービスだ。
追加料金を払っても乗る人が多いのは肯ける。

信州中野から電車は山登りを始め、
最後は40‰の坂を登り切って湯田中駅に到着。
昔は駅構内でスイッチバックをしてたそうだ。
今宵の宿は湯田中駅から歩いて1分の旅館「下田屋」。
温泉も食事もよく家族的なサービスに満足した。
 
8/4(木)
朝風呂に入り、旅館をあとにして
湯田中から信州中野で長野行きに乗り換えて長野駅着。
JR長野駅でしなの鉄道小諸行きに乗車。
小諸で軽井沢行きに乗換、軽井沢到着10:44。
駅を降りると空気が冷たい。駅の標高は939mもある。
涼しいはずだ。
 
ここから碓氷峠の鉄道遺産を見に行く。
横川~軽井沢間が廃線になる以前に
この区間を乗っていなかったのが悔やまれる。
今となっては、この鉄道の難所を車でしか見に行くことができない。
軽井沢駅前でレンタカーを借り、国道18号線を下る。
つづら折れのカーブが果てしなく続く。
県境を越え群馬県に入り目の前に現れたのは通称「めがね橋」。
煉瓦造りのアーチ橋は見る人を圧倒する。
その昔アプト式の機関車が列車を引いて
この橋の急坂を上がっていったのである。
明治時代から新線ができる1963年まで
使われていた鉄道遺産である。

めがね橋一帯は遊歩道として整備され
横川駅まで歩いて行くことができる。
いくつものトンネル、丸山変電所跡など
すばらしい鉄道遺産が残されている。
 
本当のところT氏に車を横川まで先回りしてもらい、
歩いて横川まで行きたかったのだが
時間もないのでトンネルを2つほどくぐったあと
レンタカーに戻り横川駅前の「碓氷峠鉄道文化むら」に行く。
ここには横川~軽井沢間に使用した電気機関車や、
日本各地から集められた電気機関車、ディーゼル機関車、
SLなどが静態保存されている。
高くつくが希望すれば
動態保存している電気機関車の運転もさせてくれる。
鉄にとってはたまらない施設だ。
残り時間を気にしながら「文化むら」を後にする。
帰路は軽井沢まで碓氷バイパスを通る。
広い道ではあるが幾重にも上りカーブが続く。
道路でさえこの坂道なのに
明治の時代に、よくもこの峠を鉄道で越えることを考えたものだ。
先人たちの努力に感銘を覚える。

峠を越えると高原がひらけてくる。
軽井沢の町に入ったのが実感できる。
バイパス沿いの蕎麦屋で昼食をとる。
ゴボウ天ソバを食べた。やはりうまい。
 
昼食後は中軽井沢から浅間山麓の有料道路
(プリンスホテルの管理)を通り草津に向かう。
途中、観光名所「鬼押出し」を見てやろうとしたのだが
西武鉄道が開発した観光地のイメージがやたら目につき
入場料も取るので中に入らず
駐車場からごつごつした溶岩台地を見るにとどめた。

そのあと草軽電鉄北軽井沢駅跡を見に行く。Dsc_4870
1960年頃まで草軽電鉄が軽井沢~草津温泉間を結んでいたそうである。
自転車ぐらいのスピードで3時間もかかったらしい。
バスに役割を取って代わられるのは時間の問題だったのだろう。
北軽井沢から少し道に迷いはしたが無事、
吾妻線の万座鹿沢口駅に着く。
私はこの先の吾妻線の終点大前駅で降ろしてもらい、
T氏にレンタカーを長野原草津口駅で返却してもらうことにする。
 
大前の駅前にある1軒宿の嬬恋温泉で
湯につかり17:12発の電車を待つ。
1日に電車が5本しか来ない寂しい終着駅だが
宿泊もできる温泉宿が駅前にあるのだ。
鉄には貴重な宿である。

高崎行きの電車に乗り込むとT氏より連絡(メール)が入り、
レンタカーのガソリンを満タンにして返すと19㍑も入ったらしい。
走行距離が80kmだから燃費4km/lの計算になる。
前の借り手が満タンをごまかしたようだ。
文句を言って1000円返却してもらったとのこと。

またT氏が長野原草津口駅で私と同様の乗車券を
「かえる君」で購入しようとすると

注:「かえる君」とは、自動販売機でありながら、
電話でセンターの係員と会話をしながら
切符を購入できる新手のサービス。
購入済みの乗車券や、学割などの証明書なども
読み取り機でセンターにいる係員が確認できるのが凄い。
当然リアルタイムで列車の運行状況も教えてくれる。-はず。

上越線の越後湯沢~六日町間が不通で
バス代行になっていることが判明。
ダイヤ通りの運行であれば長岡23:00に到着するので
とりあえず購入してもらい
合流後、渋川駅で詳しい情報を集めることにした。

T氏は長野原草津口から乗り込んできた。
彼が「かえる君」と話をした体験談を聞かされた(笑)。

電車は八ッ場ダムの取付道路となる巨大な橋脚の横を走る。
よくテレビでみたやつだ。
もしダムができれば吾妻線も大井川鉄道井川線のように
路線変更をするのであったのだろう。
 
渋川駅到着後、駅員に状況を聞くと
やはり7/30の豪雨で越後湯沢~六日町間が不通で
バスで代行輸送しているとのこと。
駅員曰く
上越線の列車はすべて越後湯沢止まりである。
六日町以遠のダイヤはわからないので
越後湯沢から新幹線に乗り換えてくれといわれる。
特急券は自腹を切れとのこと。そりゃないぜ。
「7/30から不通であることを承知の上でキップを買ったのだから」
というのがその理由であった。
「かえる君」は教えてくれたけど
「私が買った上田駅の窓口のおにいさんは何も教えてくれなかった」
とねじ込むと、
「とりあえず越後湯沢まで行って交渉してくれ。」
と言われた。駅をあとにして夕食をとりに行く。

渋川駅近くの「とり谷」という居酒屋に入る。
大将はカラオケの先生だそうで関西で彼の歌った曲を広めてくれと
カセットテープをタダでくれた。
ご当地ソング「ふりむけば渋川」と「驟雨」の2曲入りだ。
通信カラオケにも入っているから是非広めてくれといわれた。

注:サイキョージ氏は、「ふりむけば渋川」のWAVファイルを
メールに添付してくださったのですが、10.1mbもあるため
1回あたり1mbしか転送できない「ココログ」では
アップロードできません。
AACファイルに変換したのですが、これでも2Mb。
うーむ。いい手があったらご教示ください。


酒が入ると自然と地元の人たちと交流ができるものだ。
 
渋川発19:53の電車に乗り水上着。
ここで本来長岡行きの最終電車に乗り
清水トンネルを抜け越後湯沢に到着。
駅員に六日町以遠の状況を聞くと
代行バスで六日町まで行けば長岡行きの電車が接続し
時間通りに長岡へ到着するとのこと。
とにかく長岡から「きたぐに」で帰れることがわかり一安心する。

代行バスは30人ほどの乗客を乗せ国道17号線を走り、
六日町までのすべての駅に立ち寄り乗客を降ろしていく。
さすがにこの時間に乗ってくる人はいない。
バスは本来の電車ダイヤの5分遅れで六日町駅到着。Dsc_4883

駅には長岡行きの電車が待っていた。
とりあえずいろいろあったが長岡着23:05。
 
ところが次なる困難が長岡で待っていたのである。
 
長岡駅に降りると改札口が騒がしい。
乗ってきた電車は新潟行き最終に接続するのだが、
駅員は、その電車に乗る人たちを集め
「本日ゲリラ豪雨があり東三条~三条間がダムの放水による
増水のため不通になっている」
と説明。
乗客をバス代行、新幹線振替、新幹線振替+タクシーなど
班に分けて誘導していた。

最終の新潟行きの新幹線が出発すると駅は落ち着きを取り戻す。
長岡発の列車は、あと「きたぐに」を残すのみである。

23:30ごろになると「きたぐに」の乗客が駅に集まりだした。
冷房の効いた待合室の中だけでも50人はいる。
旅行客よりもビジネス客の方が多い感じだ。
「きたぐに」の需要が結構あることがわかる。
駅員は「きたぐに」の乗客に状況を説明し始めた。
川の水位が下がると運転を再開するとのこと。
「フー、やれやれ。」

日付もかわり0:40ごろ「きたぐに」は長岡駅到着。
「きたぐに」のB寝台は8号車13,14番の中段
いわゆるパン下を取っておいたので
頭上が高くて快適に過ごせた。
この583系電車も早晩姿を消す運命だろう。

今回の乗車が最後になるかもしれない。
 
京都には50分遅れで7:20ごろ到着。
この鉄旅はトラブル続きではあったがおもしろい経験をした旅でもあった

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コメント

音源ですが、mp3とかmp4に変換するってのを
試みました?

投稿: Dr.K | 2011年8月14日 (日) 22時56分

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