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2011年1月の記事

2011年1月30日 (日)

JR東日本 115系300番台 豊田車両センター をUP

豊田車両センターの115系(現存するのは300番台)をまとめました。Jre_115_m02_00_2

115系300番台は1973年に冷房車として登場したグループで、
側窓がユニット窓となっています。

6両編成が1本ある以外、
3両編成が12本あります。
うち8本はリニューアル車となっています。
高崎車セのようにクーラーがAU720に変更されている
というようなことはないので、外見上区別することは難しいですが、
MGがSIVに変更されていることなどを
チェックしていただけたらと思います。

非リニューアル車もH10~11にかけて
パンタグラフが、PS23(いわゆるペチャパン)からシングルアームに
取り替えられているのも要注意です。

2010年3月に甲府で撮影したものがメインです。
中央東線には長野車両センターの115系も活躍しています。
しかし、豊田車両センターのものは
スカ色で残っているので長野の115系と区別ができます。

長野車両センターの115系についても
近日中にUPする予定です。

鉄道車両写真集
JR東日本 115系300番台 豊田車両センター のトップページへJUMP

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2011年1月29日 (土)

JR東日本 115系1000番台 高崎車両センターをUP

今回UPするのは、2010年8月に撮影した
高崎車両センターの115系です。

Jre_115_t1159_05

湘南色で残っているのがうれしいですね。

115系1000番台は1977年に登場した耐寒耐雪形で、
車端部の窓が少ないのと、M車については、
ここに空気取り入れ口(雪切室)があるのが特徴です。

3両編成の大半はリニューアル車となっています。
クーラーがAU720に変更されているのでご注意ください。

また、サハ115を含むT1159編成もご覧いただけます。
サハ115は高崎の2両とあと新潟に3両を残すのみとなりました。

ちなみに編成番号はモハ114形の車番になっています。

鉄道車両写真集
JR東日本  115系1000番台 高崎車両センターのトップページへJUMP

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2011年1月28日 (金)

珍車ギャラリー  223系100番台荷物室付きをUP

1996年3月,
JR難波駅にある大阪シティエアターミナル (O-CAT)でも
関西国際空港のチェックイン手続きができることになりました。
「関空快速」となる 223系100番台2両編成のうち
JR難波寄り車両の乗務員室直後に、
乗客の荷物搬送用荷物室を設置、
荷物を搬送しました。
Jrw_223_104_ocat
しかし、JR難波は、旧湊町駅。
ミナミの中心地”難波”というには不便で、
好立地とは言えないところにあります。
結局2年でこのサービスは停止。
223系100番台の荷物室は、普通座席に戻されました。

もっともJR西日本は何も手をこまねいていたわけではありません。

珍車ギャラリー
223系100番台荷物室付き へJUMP

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2011年1月26日 (水)

JR四国 キハ40形 キハ47形 をUP

JR四国の成立前後には予讃線の電化があり、
非電化の土讃線についても
新型の振り子気動車が導入されました。

かつて気動車王国といわれた四国に
君臨していた国鉄形については
特急用気動車185系でさえ、
一気に影が薄くなってしまった感があります。

一般型については四国の事情にあわせた
1000形が投入される一方で
かつては急行用として活躍した58系が
普通列車用として活路を見いだします。Jrs_dc40_2142

他のJR各社のように、
ハイパワータイプの新形式を登場させることもなく、
影の薄いJR四国の40系気動車です。

でも、そんな外野の声も関係なく、
どっこい今も元気に頑張っています。

なぜか寒冷地用の500番台などもあって
捨て置けないJR四国の40系気動車です。

鉄道車両写真集
JR四国 キハ40形 キハ47形 のトップページへJUMP

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2011年1月25日 (火)

国鉄 DD51形 4-500番台(JR各社に承継されたもののみ)をUP

国鉄 DD51形ディーゼル機関車は、
昭和37年に試作車の1号機が作られて以来、
昭和52年にかけて649両が製造されました。
幹線用として、特急列車をはじめ貨物列車まで幅広く用いられ、
まさに国鉄形ディーゼル機関車の代表といえるでしょう。

当局では、
これを全部同じタイトルで137枚を一挙に公開しておりました。

さすがにこれは見にくいと思い、
「国鉄形車両コレクション」のシリーズとして
タイトルを分割することにいたしました。

ということで、今回は、JR各社に承継されたDD51形のうち、
その代表選手である500番台(重連形、SG搭載)です。Jrh_hokutosei_dd51_1138

前にも申し上げましたように、
これだけでも、すごい数になるので

2-500番台(国鉄時代に廃車されたもの)
4-500番台(JR各社に承継されたもののみ)
と500番台はこのように分割しました。

今回は4-500番台で、
JR各社に承継された車両のみをUPしています。

ただ承継された番号でもって、選抜していますので
国鉄時代に撮影されたものも混じっています。

鉄道車両写真集(国鉄形車両コレクション)
国鉄 DD51形 4-500番台(JR各社に承継されたもののみ)
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2011年1月23日 (日)

国鉄DD51形-2 500番台 (重連形、客貨両用)をUP

国鉄 DD51形ディーゼル機関車は、
1962年から1978年までの16年間に649両が製造されました。
V型12気筒の DML61Z (1,100PS)エンジン
2基を搭載した幹線用ディーゼル機関車です。

当局では、
これを全部同じタイトルで、
片っ端から137枚を一挙に公開しておりました。

さすがにこれは見にくいと思い、
このたび「国鉄形車両コレクション」のシリーズとして
タイトルを分割することにいたしました。

ということで、今回は第2回目。
DD51形500番台(重連形、SG搭載)です。Dd51_574

1968年に暖房用のSGを搭載しない
貨物用の800番台が登場したため、
~799の次は1001~となりました。
500両に迫るボリュームで
DD51形の代表的なグループといえるでしょう。
客車列車の退潮でその数は激減しているとはいえ
撮影したものを数えると、
500番台だけでも、すごい数になるので

2-500番台(国鉄時代に廃車されたもの)
4-500番台(JR各社に承継されたもののみ)
と分割しました。

ということで今回は「2-500番台」となります。
国鉄時代に廃車された車両ばかりですから
もう存在しない貴重なものばかりです。
旧型客車などの先頭に立つ姿は懐かしさを感じさせますね。

今回の目玉は501-592です。

これらは半重連形と呼ばれ、
重連運用時、次位となった場合、
機関車自体のブレーキ(単弁)が制御できないタイプです。

この半重連形は、
JR各社に承継されず国鉄時代に廃車されたもの
なのでここでしかご覧いただけません。

鉄道車両写真集(国鉄形車両コレクション)
DD51形ディーゼル機関車-2 500番台(国鉄時代に廃車)
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2011年1月22日 (土)

国鉄DD51形-3 800番台 (重連形、貨物用)をUP

国鉄 DD51形ディーゼル機関車は、
昭和37年に試作車の1号機が作られて以来、
昭和52年にかけて649両が製造されました。
幹線用として、
特急列車をはじめ貨物列車まで幅広く用いられ、
まさに国鉄形ディーゼル機関車の代表といえるでしょう。

当局では、
これを全部同じタイトルで、
片っ端から137枚を一挙に公開しておりました。

さすがにこれは見にくいと思い、
「国鉄形車両コレクション」のシリーズとして
タイトルを分割することにいたしました。

1-基本番台
2-500番台(国鉄時代に廃車されたもの)
3-800番台(JR各社に承継されたものと国鉄時代に廃車されたもの)
4-500番台(JR各社に承継されたもののみ)

ということで、第3回目です。
Dd51_824_jnr

1968年に
暖房用のSGを搭載しない貨物用機関車としてデビューした
800番台をUPしました。
製造量数が100両を超えてしまい
番号が900にさしかかったのですが
900番台は
試作車に割りれられるあてられるのが慣例だったので
~899の次は 1801~となりました。

500番台が、客車列車の退潮で
その数を激減させているのに対し、
800番台は車体更新などが施される車両も多く、
まだしばらくはその姿を見ることができそうです。

なお、ここでは、国鉄時代に廃車されたものに加えて
JR各社に承継されたものを加えてUPしました。

じつは500番台のように
国鉄時代に廃車されたものだけで
まとめようと思ったのですが、
あまりにも、その枚数が少なかったのです…。
そんなわけで一緒にしました。

なお貨物用だからといって
すべてがJR貨物に承継されたわけではありません。
JR東海や、JR東日本などにも在籍しています。

鉄道車両写真集(国鉄形車両コレクション)
DD51形ディーゼル機関車③ 800番台
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国鉄DD51形-1 基本番台 (非重連形、客貨両用)をUP

国鉄 DD51形ディーゼル機関車は、
昭和37年に試作車の1号機が作られて以来、
昭和52年にかけて649両が製造されました。
幹線用として、特急列車をはじめ貨物列車まで幅広く用いられ、
まさに国鉄形ディーゼル機関車の代表といえるでしょう。

当局では、
これを全部同じタイトルで137枚を一挙に公開しておりました。

さすがにこれは見にくいと思い、
このたび「国鉄形車両コレクション」のシリーズとして
タイトルを分割することにいたしました。

1-基本番台
2-500番台(国鉄時代に廃車されたもの)
3-800番台(JR各社に承継されたものと国鉄時代に廃車されたもの)
4-500番台(JR各社に承継されたもののみ)

Dd51_1

さて第一回目となる基本番台ですが、
53両製造されました。

これらは試作車である1、2-4(1962.1963年)
先行量産車である5-19(1964年)
初期の量産車ある20-53(1964.5年)に分類されます。
試作車では、1000PSのDML61Sを装備しましたが
初期量産型ではDML61Z/DW2 (1,100PS)エンジンに変更され
出力がアップしています。

いずれも客貨両用で
客車暖房用の蒸気発生装置を搭載しています。
しかし重連総括制御はできず、非重連形とも呼ばれます。

車体が単に古いからという理由だけではなく
柔軟な運用に対応できない理由から
基本番台はJRに継承されることなく、
1986年までに全て廃車されてしまいました。

鉄道車両写真集(国鉄形車両コレクション)
DD51形 ①基本番01-53(試作車を含む)のトップページへJUMP

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2011年1月20日 (木)

国鉄形車両コレクション クハ481形-1 1-40 をUP

新タイトル「国鉄形車両コレクション」 と銘打って
クハ481形をUPいたします。

もっとも当局の鉄道車両写真集では、
かつてEF58とDD51で「片っ端からUP」をやっていますので、
新企画というわけではありませんが、
今回は、国鉄形特急車両の顔ともいうべき車両
クハ481形の、その中でも人気者である
ボンネットボディのクハ481形、
それも初期型をありったけUPします。

Jnr_tc481_140_0059

さて、クハ481形は、
485系のTcと思われている向きがあるようです。
でも、クハ481形は481系、483系、加えて485系の
3系列にまたがるTcなのです。

ちなみに481系は 1964年に登場した
交流電源60Hz対応車でこれに対応するのが1-18号機。
(M車は国鉄時代に廃車)

483系は1965年に登場した
交流電源60Hz対応車でこれに対応するのが19-28号機。
(M車は12-15の4ユニットのみJR東日本に承継、1990年に廃車)

そして1968年に登場した交流50・60Hz共用車で、
国鉄在来線の電化方式すべてに対応した
3電源形ということになる485系に対応するのが29号機以降です。

分割民営化時には
1 - 32・34・36・38・40がJR東日本に、
33・35・37・39がJR九州に承継されました。

JR九州では1996年までに、
JR東日本では2000年までにその姿を消しています。

UPした枚数は41枚。

国鉄色はもちろん、
JR九州、JR東日本で施された新塗装もご覧いただけます。

鉄道車両写真集
国鉄形車両コレクション クハ481形Ⅰ 1-40のトップページへJUMP

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2011年1月19日 (水)

JR九州 キハ58系 急行型気動車 急行由布etcにシーサイドライナーなどを追加

Jrq_dc58_seaside_0001

キハ58系と称しながら、キハ28形が一枚もない状態を打破すべく、
古い写真をひっくり返して、一所懸命探しました。

その甲斐あって、キハ28形を発見。
快速シーサイドライナーに使われていたキハ58系も出てきました。
この中には
キロ28改造の5200番台なんかも見つかりました。
国鉄色もあります。
団体列車用の「らくだ」号まで見つかりました。
やったー。うれしい。

きちんと探してからUPしろよ。
と言われそうですが
お許しください。

鉄道車両写真集
JR九州 キハ58系 急行由布etcにシーサイドライナーを追加 へJUMP 

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2011年1月18日 (火)

JR西日本 223系6000番台をUP

Jrw_223_ma10_00

223系6000番台は
221系と併結運転をするため、
あえて高性能な2000番台の性能をを221系並みに抑える
という改造を施したがために生まれた番台区分です。

種車である2000番台に4000加える
という車番になっていますので、
2167を改造するとすれば6167となります。
ですから、これを6100 番台とするのは意味がありません。

識別ポイントは貫通扉に引かれたオレンジの帯です。

宮原区にはMA01-20の④×20本 計80両が配置されました。
網干区には3000番台改造の7000番台も存在しますが、
宮原区はすべて6000番台です。

ここでは山側、海側の2本分、合計8枚をUPしました。

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JR西日本223系6000番台のトップページへJUMP 

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2011年1月17日 (月)

JR西日本 223系1000番台をUP

Jrw_223_w05_01

223系1000番台は
1995年に東海道、山陽本線用に投入された
アーバンライナーの切り札ともいうべき車両です。
新快速の130km/h運転を可能にする
WMT102-B形モーターは出力220kwと
113系などに装備されたMT54の2倍となる出力です。

99年に後継車両となる2000番台が登場するまでに
W編成が⑧×9本、V編成が④×5本 
計92両製造されました。

2000番台との見分け方は車体側面にビートがあるという点です。

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2011年1月15日 (土)

珍車ギャラリー JR東海 313系1700番台をUP

Jrt_313_b151_01

JR化以後、JR東海に限らず、
JR各社の列車は、当初、国鉄時代の列車ダイヤを引き継ぎ、
境界線を越えて列車を運行していました。

しかし、JR各社とも自社線区に応じた車両を作り、
列車ダイヤも地域密着型となるに及んで、
自社線区を越える列車の設定が激減しています。

JR東日本にあっても、かつては
松本電車区の165系が中央西線中津川駅に乗り入れていました。
でも現在、中央西線にJR東日本の車両は臨時列車でもない限り
乗り入れてくることはありません。

それなのに313系1700番台は
JR東日本の路線である篠ノ井線を通り、
長野駅まで乗り入れることを前提に作られているのです。

なぜでしょう。

詳しくはこちらを
珍車ギャラリー JR東海 313系1700番台 へJUMP 

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2011年1月13日 (木)

JR九州 キハ58系65系 急行えびの くまがわ 由布をUP

Jrq_dc58_65_ebino_exp_05

JR九州のキハ58系キハ65系は、
急行用車両として結構頑張っていたように思います。

ただJR九州色は番号が細線で
それも小さく申し訳程度に書いてあるものですから、
判読できないのです。
判読できない写真はどうしても粗略に扱われてしまいます。
情けない話、どこかへ行ってしまった写真がかなりあると思われます。

そんな中でも貫通路の渡り板の裏に
わかりやすく書いてあるのはありがたかったですね。
そういった写真を中心にピックアップしてUPしています。

キハ28形が全然見あたらないし、
私としては今回はとても不満足なのですが、
貴重な写真であるとは思います。

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JR九州 キハ58系65系 急行えびの くまがわ 由布のトップページへJUMP

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2011年1月12日 (水)

JR北海道 キハ141系(51系客車改造気動車)をUP

Jrh_dc141_02_3

JR北海道 キハ141系は51系客車を改造した気動車です。

客車を改造した気動車はJR西日本にも存在しましたが、
現存するのはJR北海道のキハ141系だけです。
バリエーション(4形式44両)もあり、
また札沼線に集中配置され
札幌にしょっちゅう顔を出すことからも存在感があります。

しかし札沼線は2012年の春には電化されることになっており、
その姿を見ることができるのは、それまでと思われます。

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2011年1月11日 (火)

小田急電鉄 8000系をUP

Oda_q8555_06

小田急電鉄8000系は
1982年から87年にかけて登場した
地上線用の通勤形車両です。
(④×16本、⑥×16本 合計160両)

当初は界磁チョッパ車として登場しましたが、
2003年以降、
制御器をVVVFインバータに取り替えるなどの
大がかりなリニューアル工事を施しています。

ただしのすべてがこの工事がなされたわけではなく、
界磁チョッパ車のまま、
パンタグラフをシングルアームにとりかえるなどの
小規模なリニューアル工事が施されたグループもあります。

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2011年1月10日 (月)

小田急電鉄 5000系 をUP

Oer5061

小田急電鉄5000系は
1969年から82年にかけて登場した
地上線用の通勤形車両です。
(④×15本、⑥×20本 合計180両)

抵抗制御車ですが、
制御器のMB-3039-Bはバーニア制御付きで
乗り心地は快適です。
当初は4両編成として登場しました。
1970年製の3次車からは冷房付きになりました。

1977年以降登場した6両編成の後期グループは、
側窓の形状も大きく変わり
5200系と呼ばれることもあります。

1991年から車体更新工事が始まり
2001年以降パンタグラフも
シングルアームにとりかえられました。

私にとっては、小田急はこの顔なのですが、
現在廃車が進んでいます。

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2011年1月 9日 (日)

近畿日本鉄道 6020系 6200系 南大阪線用をUP

Knr_6067_1

近鉄6020系は南大阪線のラインデリア車。
1968-73年に登場しました。

6200系は南大阪線通勤車初の冷房車。
1974-78年にかけて38両製造されました。
大阪線でいえば2800系に相当します。

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2011年1月 8日 (土)

近畿日本鉄道1000系 1010系 1810系 名古屋線用をUP

Knr_1001_1

近鉄1000系は,1972年に
旧型車の機器を流用した新造電車として登場しました。
ですから当時はツリカケ電車だったわけです。
1985年から91年にかけて、
新性能車として生まれ変わります。
界磁位相制御に加え回生ブレーキまで装備されました。
ただこの際2連だった7本は1810系のT車を電装して
モ 1050形として組み込むなど大きな変化がみられました。
4連だった01Fはク1101-サ1151を大阪線に転籍させ、
代わりにク2546を改番もせず組み込んでいます。

Knr_1013_3

1010系も1000系と同様1972年に
旧型車の機器を流用した新造電車として登場しました。
ただこちらは奈良線用の920系としてデビューしています。
1982年冷房化に併せてこちらも高性能化、
1987年から89年にかけて名古屋線に転属します。
この際名古屋線仕様とするにあたって
1010系と名を改めました。
裾を絞ったスタイルにご注目ください。
1810系は名古屋線用のラインデリア車。
大阪線でいうところの2410系に相当します。
1967-70年に登場しました。

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2011年1月 7日 (金)

JR四国 旧型気動車 キハ20形 キハ52形 キハ45形をUP

今回ご紹介するのは、
JR四国に継承された旧型気動車です。Jrs_dc_52_603

JR四国のキハ20系は、
キハ20形のもっとも標準的なグループ(=201-484)と500番台、
それとキハ20系の2エンジンタイプであるキハ52形
が継承されました。
ここではキハ52 600番台という稀少なタイプをご覧いただけます。

Jrs_dc45_47

キハ45形はキハ23系の片運転台車です。
40系気動車が登場するまでの過渡的な存在で
どうも影が薄い存在のようです。
キハ20系とほぼ同時期に廃車され、
H3までに四国からその姿を消しています。

いずれも在籍期間が短かったせいもあって
JR四国色の方が少なかったように思われます。

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2011年1月 6日 (木)

JR西日本 225系0番台をUP

Jrw_225_i01__0

JR西日本の新星ニューフェース
225系の東海道、山陽線バージョンとなる 0番台.。
これを中心に構成したのが I 編成(8連)です。

全車とも上り側にM台車(WDT63A)
下り側にT台車(WTR246C)をはくため
サハやクハは存在しませんが、MT比は1:1です。

223系でも十分アメニティは十分だったので、
車内はそう変わり映えしたとは思えませんでしたが、
外観はマスクが高運転台となって印象がだいぶ違います。
サイドも同じように見えながら
ぐっと洗練されたイメージとなっています。

新車のデビューはいいものですが、
彼らが出揃う頃には113系は淘汰されてしまうのかな…。
と思うとちょっと複雑な気持ちになります。

今回の写真は、大阪駅で行われた展示会でのものです。

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2011年1月 5日 (水)

Dr'Kの鉄旅 2010年12月

2010年12月の週末
能登ラストラン、そして、北陸2枚きっぷを使ってみた、に続き、
今年3回目の石川県白山市某所への出張。

雷鳥33号(大阪17:12 ⇒ 加賀温泉19:34)
今回は研修の開始時間が早く(10時)
しらさぎ51号(松任着9時58分)でも間に合わないので、
前日の木曜日、
雷鳥の廃止(サンダーバードへの統合)が予想される
(実際にこの旅行後プレス発表があった)ため、
今では1往復となった
485系雷鳥33号のグリーン車を利用することにした。

いったん家に戻る時間がないので、職場を少し早めに出て、
阪急電車で梅田に出て、大阪駅から乗車する。

サンダーバードの人気から、
ヨンダーバード(683系4000番台)が9両貫通で増備されるのとは
対照的に、MM’Tの3両が抜かれ、
6両に短縮された雷鳥はやはりさびしい。
プレス発表前だからか、
サンダーバードのグリーン車に比べると乗車率は低く、
私を含めて、加賀温泉までは4~5人。
(681・683系と485系では乗り心地が違いすぎるので、
同じ料金ならサンダーバードに乗るのは当たり前。
485系が全区間B料金で乗れるなら話は別だろう)。

年を越すと「白鳥(大阪~青森間)」の廃止直前と同様、
ただでさえ時間帯のいいこの雷鳥33・8号も
連日指定席がとれなくなって、
主にビジネスの一般の利用客がさぞかし迷惑するのだろうな、
と容易に想像がつく
(ちなみに、「白鳥」ラストランの2001年3月2日、
私は午後からの研修で最終青森行白鳥号を
京都から小松まで利用し、
やはり今回の出張場所に行っているが、
この時はマナー等の案内はないに等しく、
今と比べても雲泥の差だったのでほんとひどかった)。

加賀温泉まで利用し、
ここからはタクシーでほど近いなじみの温泉宿で前泊。
到着後すぐ女将さんに翌朝の車の手配を依頼して風呂に直行。
温泉を堪能し、冬の味覚、カニに舌鼓を打った。

翌日、少し早めに起きて朝風呂。
身支度をして加賀温泉発8時33分発の337M金沢行
に乗って加賀笠間で下車し、
ここから研修施設の送迎用の車で研修先へ。

16時までの研修を終え、加賀笠間発16:28の普通で金沢へ。
金沢からしらさぎ9号で富山へ。

 この週末、富山で仕事があるとのことで前日入りした
北陸2枚きっぷ時の旅の道連れT氏と富山駅で合流し、
地鉄市内線に乗ってなじみの某寿司屋Kに18時前に到着。

4ヶ月ぶりの訪問。

ただし、今回は私が
富山発22:20の寝台特急日本海青森行に乗車するので、
あまり長居はできない。

忘年会シーズンということもあり、店は大盛況。
大将がカウンターの常連氏に声をかけて我々が座れる場所を
確保してくれた。

この日氷見であがったばかりの旬の寒ブリが一番の美味。
地酒で乾杯。

21時40分に店を出て、T氏が富山駅まで見送りに来てくれた。

日本海 富山22:20 ⇒ 弘前 ○ョ 8:00
 富山から乗車した久しぶりの日本海
(とくにJR東持ちの車両では)だったし、
これもいつ消えるかわからないので、A寝台を奢った。
やはりJR西の個室がなくなったのが恨めしい。

すぐに検札がやってきたのと、仕事の疲れと酒の助けもあり、
直江津以降の記憶がまったくない。

寝台特急(客レ)に乗って熟睡、というのはめったにないのだが、
大館を過ぎ、碇ヶ関の手前くらいで
車掌が起こしてくれるまで爆睡していた。弘前で下車。

リゾートしらかみ2号  弘前9:06 ⇒ 陸奥鶴田 9:38
約1時間の待ち時間の間に朝食をとる。
9時6分発の「リゾートしらかみ2号」は
デビューしたばかりの新・青池編成(HB-E300系)。
川部からは進行方向を変え、五能線に入る。
乗り心地はすこぶる良好なのだが、エンジンが止まっている時、
足回りから電車と同じインバータ音だけが聞こえるのは
何か不思議な感じがする。
指定席料金のみでこの車両に乗ってしまうと、
少し前に乗ったJR九州の海幸山幸が
如何にボッタクリであるかがよくわかる。それどころか、
「はやとの風」に始まった
このテのボッタクリ観光特急「指宿のたまて箱」なるものを
指宿枕崎線に走らせるとは…。
うーん。いくら気合いを入れて改造しても、
元がデッキなし両開きドアのキハ47とか、
3セク軽快気動車(元高千穂鉄道車)じゃあねぇ…。
(JR西の瀬戸内マリンビューやみすゞ潮騒が快速なのと
同じ水準。これなら妥当。)

でも、客から金を搾り取れるところにはその種をまくというか、
それなりの投資をするJR東日本のよく言えば商魂のたくましさ、
悪く言えばボッタクリ精神も感じる。

五能線らしさは五所川原を過ぎ、
鰺ヶ沢辺りからの海岸線に近いところを走行するところだが、
その区間を乗ることが今回の目的ではないので、
陸奥鶴田で折返す。
弘前へ戻る折返列車827Dとは五所川原で交換するのだが、
1分しかなく、
乗り遅れると次の2525Dまでは約2時間空いてしまうので
万全を期して1駅手前の陸奥鶴田で降りる。
ここは片面ホームで行き違いができないので乗り遅れることはない。
9:53発の827D(40系DC)で弘前(10:34着)に戻る。

つがる1号 弘前10:53 ⇒ 新青森 11:20
車両は485系改(3000番台)。
1区間27分の道のり。当日は土曜日だということを考えても、
まぁよく乗っている。
乗継割引がきくので特急料金は500円と
リゾートしらかみの指定席料金510円よりも安くなる。
この区間の指定を買っておいて正解。自由席はババ混み。
かもしかは485系1000番台だったので、
そのことを考えれば内装の改善はされているが、
所詮は485系の乗り心地。
新型車両の新・青池編成HB‐E300系よりどうしても一歩劣る。

新青森に到着してびっくり。
いままで小駅というイメージがあっただけに、
その変貌ぶりには驚き。
スカイアクセスの第2ビルの変化とは比較にならない。
とってつけたような片面ホームだったのが、
立派な島式ホームになっていて、
上を新幹線の高架ホームが覆う。
新幹線が開業まもなく、
お祝い乗車(私もそうだが)が多いのだろう。
それにしても賑わっている。
それも、局長さんやサイキョージ氏ではないけれど、
見るからに「大人の休日倶楽部」という年齢層の人が多い。

はやて28号 新青森 11:42 ⇒ 八戸 12:05
はやて23号 八戸 14:05 ⇒ 新青森 14:33
いよいよ最大の目的である東北新幹線の延伸区間に乗車。
往路は七戸十和田に停まらないはやて28号を、
復路は停まるはやて23号を選択。ともにE2系。

新青森を出てしばらく行くと、
鹿児島中央発車直後ほどではないが、いきなりトンネル。
市街地を回りこむように緩やかなカーブを描いて
大小のトンネルを抜けると、26.5kmの八甲田トンネルへ。
トンネルを抜けた直後に七戸十和田を通過。ここまで約12分。

十和田観光鉄道はトンネルでクリアしてしまうので、
交差地点を拝むことはできない。
七戸十和田以降も10分強、大なり小なりトンネルは続く。

在来線では約1時間の道のりが、
新幹線だとわずか23~28分。
乗り心地も良く、速くて快適だが、
今回開通区間の3分の2弱がトンネルなので、
景色を楽しんでいるというか、地下鉄に乗っている気分だった。

鉄旅で八戸駅での乗換まで時間があるときに
毎度立ち寄る中華料理店で昼食。焼飯を注文。
ボリュームもあって安価でうまい。

はやて28号で来た経路を戻るわけだが、
七戸十和田までわずか12分。
晴れているので景色はそれなりに楽しめるが、
トンネルが多い。
車内から見た雰囲気は、
なんとなく長野新幹線の佐久平に似ている。

七戸十和田を出るとすぐに八甲田トンネルへ。
トンネルに入ってなお加速したかと思えば、
トンネルを出るころには減速している。
トンネルを出るともう北側の車窓には青森の市街地が見えてくる。
この間15分。
E5系「はやぶさ」がデビューする時にはどうなっているのかが
また楽しみではある。

スーパー白鳥25号 新青森15:38 ⇒ 函館17:54
 新青森を20分ではゆっくりできなかったので、
ここで少し時間を取って変貌した新青森駅構内を探検。

まあそれにしてもいろいろ揃ったもんですね。
青森駅と新青森駅が、
ちょうど新大阪駅と大阪駅みたいな感じになっています。
JR東お得意の「エキナカ」戦略も見え隠れします。

新青森から青森までは3.9キロと、
大阪~新大阪間の3.8キロとほぼ同じ距離。
俊足の789系も青森駅構内の制限速度が厳しいので、
この区間を6分かけてゆっくり走る。

転用された785系を拝めるかなと思って淡い期待をしたが
それはかなわず。789系のみの編成。

青森までの1駅間は自由席も2両しかない自由席は大ババ。
それもそのはず、
奥羽本線の当該区間は
日本海縦貫線を構成する区間の単線区間で貨物が多く、
それこそ五能線のような
1駅区間のシャトル列車が設定しづらいため、
この1駅間は乗車券だけで
特急の自由席に特例で乗れる区間なのだ。

青森で5分停車し進行方向を変え、
津軽線、海峡線、江差線と進む。
この区間も元はローカル線の単線区間が続くわりには
貨物の大幹線なので運転本数も多く、
普通列車よりも特急白鳥系、
長大貨物列車との交換のほうが多い。
1年に1~2回この区間に乗車するのだが、
専ら寝台特急(トワイライトエクスプレスか
北斗星、カシオペア)、または急行はまなすで
深夜帯に抜けることが多かったので、
津軽線側を日があるうちに通り抜けるのは久しぶり。
車窓が新鮮だった。

かくして青函トンネルを抜け、北海道に突入した頃には、
もう日は傾いている。
函館に着く頃にはすっかり暗くなってしまっていた。

函館では五稜郭からの往復乗車券を別途購入し途中下車。
駅近くの郷土料理屋で一杯ひっかけ、
函館の海の幸を堪能し、函館ラーメンでしめる。

スーパー北斗21号 函館19:41 ⇒ 札幌 22:56
 すっかり暗くなった街を歩いて函館駅に戻る。
北海道には父方の親戚が多いため、
道内の特急列車は乗りなれている私だが、
スーパー北斗で283系に乗ることは少ない
(スーパーおおぞらでは年1~2回乗る)ので、
これで札幌入りすることにした。
所定は7両だが、増結されることが多く、
当日も9両編成に増結されていた。

列車は4分でとなりの五稜郭に停車。
この列車は北斗系列の最終列車で、
大沼公園以外の基本停車駅にはこまめに停まっていく。
乗車率は平均70%くらいなので、
所定の7両では少し厳しい感じ。
自由席は短距離乗車が意外と多い。
指定席のほうがこんでいる。

スーパー北斗の走行区間は、
貨物、特急が1時間に1本は走る大幹線。
五稜郭から東室蘭までは非電化だが、
単線区間のほうが少なく、稀府以北は全線複線区間で、
JR北海道も気合いを入れて路線改良しているので、
283系も性能をいかんなく発揮し、
各停車駅間では漆黒の闇をほぼ100%フルスピードで駆け抜ける。

最近、この区間(青森~南千歳間)は、
前述のとおりDD51重連に引かれる寝台特急か急行はまなすで
乗ることがほとんどなので、
改めて客車列車と最新鋭ディーゼルカーとの速さの違いを実感した。
札幌までだと1時間以上の所要時間差ができてしまう
(函館~札幌間は281・283系で3時間強、183系で約3時間半、
客レで4時間半)のも頷ける。

速度制限区間が少なく、
無駄な減速が少ないので非常に速い。
貨物も長大編成がDF200に引かれ高速で走るから、
複線区間でのすれ違いの時の衝撃が大きく、
車窓が真っ暗なためウトウトしていると
その衝撃の度に目が覚める、というようなことが続いた。

東室蘭で少し乗客が入れ替わるが、
それ以外は目立った乗降は少ない。
白老からは直線区間が延々続くので、
キハ80系の「北斗」時代からすごい勢いでぶっ飛ばす区間だが、
281・283系の飛ばし方はハンパではない。

南千歳でもこの後エアポート225号があるのでそれほど乗降はない。
札幌には3番線に定時到着。ほどなく
南千歳から後を追ってきたスーパーおおぞら14号が
となりの2番線に滑り込む。
地下鉄に乗換え親戚宅で泊。

エアポート92号 札幌 9:25 ⇒ 新千歳空港10:01
 大阪に帰るだけの日曜日。
旭川からの「Sカムイ⇒エアポート」の1番列車で、
当日の車両789系1000番台。

Sカムイ系統の785系と789系1000番台は
完全に共通運用されているので、
どの編成が来るかは運次第。
個人的には、一番当たる確率が低い
785系の元付属編成×2+uシートが当たり。
これをA、785系の基本編成にuシートを挿入した編成をB、
789系1000番台をCとした場合、
Aは2本、Bは5本、Cは7本あって、
A、Bはすずらんの定期運用に2本が回るので、
単純に785系と789系1000番台がやってくる
確率は5:7で、Aが来る率はかなり低い。

4号車のuシートにふんぞり返る。
ヘタな特急(とはいっても特急用車両なので)のグリーン車並みの
車両なので快適至極。
いまだに特急用の新車に4列のグリーン車を投入し、
普通車には薄っぺらで、シートピッチも
わが地元の普通列車と変わらない水準で
とりあえずリクライニングします、という座席でしっかり
A特急料金をボッタくるどこかの鉄道会社2社とは大違い。

130km/hで快走するので、36分はアッという間。
南千歳からは空港敷地内の地下区間に入り、
島式のホームに静かに滑り込む。

折返し時間は18分とられ、
この編成は10時19分発の
新千歳空港発旭川行の「エアポート103号⇒Sカムイ15号」となる。
反対側には721系が停車。10時4分小樽行きとして発車していく。
新千歳空港駅は早朝、深夜を除き、
2線のどちらかにほぼ常時列車
(それも、最低でも721系なので、
373系のような中途半端なものではなく、完全なデッキがある車両)
がいる状態で、
発車前かなり早い段階で列車に乗れる配慮がされている。

10時45分発全日空1713便で関空へ。
関空で昼食を取り、関空からは225系5000番台で大阪に戻った。

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2011年1月 4日 (火)

JR四国 キハ58系 急行用気動車をUP

キハ58系は急行用気動車の代表選手といえる存在です。
四国の地にあっては、
特急列車の登場が遅れたせいもあって、キハ58こそが
四国に君臨するエースだったような気さえします。Jrs_dc58_654

往年の急行 うわじま あしずり 阿波 よしの川…
を思い起こさせる国鉄色は
キハ58系にほんとに似合っています。

JR四国色も悪くはないのですが、普通列車用に格下げされ
改造されてゆく過程のイメージが強く感じられて、
どうも寂しい感じが先に立ってしまうのです。

鉄道車両写真集
JR四国キハ58形 キハ28形のトップページへJUMP

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2011年1月 3日 (月)

鉄道車両写真集 2010年(10-12月)アクセス数ベスト10を発表

鉄道車両写真集は、珍車ギャラリーと違って、10分の6
つまり、半分以上が関西勢です。

それもP3 大阪市交通局(大阪市営地下鉄) 50系: トップページ
をはじめ大阪市営地下鉄が4つもランクイン。
ということで少し驚いています。
それから、驚きなのは
Ls3 北近畿タンゴ鉄道 レインボーリゾートです。
北近畿タンゴ鉄道のトップページではなく、
このページ単独のアクセスです。

非常にユニークな車両で、
珍車ギャラリーにも取り上げていますので
是非こちらもご覧ください。
珍車ギャラリー
北近畿タンゴ鉄道 KTR1002-2002 レインボーリゾート

あと思うことは、アナログ画像をスキャナーした古い画像に
人気が集中しているということと、
昨年春に立ち上げた
新館(主に大手私鉄とJR形の一般車それに私有貨車をUP)
から、ようやくランクインがあったということですね。
新館とはいいながら
こちらもアナログ画像をスキャナーした古い画像です。

最近、本館
(国鉄形車両(JR/JNR)、大手私鉄の特急車両、
地方私鉄、路面電車)
のアクセス数が伸び悩んでいるのですが、
こちらをてこ入れするには、
やはりスキャナーしかあるまいという心境です。
しかし、これ。
手間がかかるんですよ…。腰も痛くなるし…。

新年早々、泣き言ではいけませんね。
本年も頑張ります。
また、アクセスしてやってください!

--鉄道車両写真集--2010年10-12月 アクセス数- ベスト10
rank pt 期間 2010.10.1-12.31(3ヶ月分)  by;TypePad-cocolog-
1 860 P3 大阪市交通局(大阪市営地下鉄) 50系: トップページ
2 829 S3 大阪市交通局(大阪市営地下鉄) 30系トップページ 2
3 732 P3 大阪市交通局(大阪市営地下鉄)10系: トップページ 9
4 646 P1 東武 5700系 快速急行だいや 快速たびじ: トップページ 3↓
5 499 Ls3 北近畿タンゴ鉄道 レインボーリゾート new
6 495 P3 山陽電気鉄道 ~1985 トップページ new
7 493 L2 伊豆急 100系電車.1000系電車: トップページ 4↓
8 413 P3 大阪市交通局(大阪市営地下鉄)60系: トップページ new
9 405 P3 阪神電気鉄道 3561形 3301形 3501形 3521形 3901形トップページ(新館) new
10 387 P1 相模鉄道 3000系(3050系 3051F)トップページ (新館) new
 

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2011年1月 2日 (日)

「珍車ギャラリー」の2010年アクセス数ベスト10を発表

J鉄局のメインコンテンツ
「珍車ギャラリー」の2010年アクセス数ベスト10を発表します。

なんということでしょう、10分の5、
つまり半分がJR東日本の車両です。
やはり、車両の数もダントツで多いのですから、
当然といえば当然ですが、
それだけ注目度も高いということなのですね。

なかでもJR東日本 E253系200番台は、初登場ですが、
NEXの運用からは外れたとはいえ、
まだまだ新しい車両ですから
その動向が注目されていた車両です。
このたび、 VVVF化+東武対応改造の上、
1000番台として日光ときぬがわに投入されることとなりました。

関西人として、うれしいのは
JR西日本 500系新幹線W1編成がTOPの座についたことです。
九州新幹線に乗り入れる夢は果たせそうにありませんが
V編成として、末永く活躍してくれることを期待したいところです。

----珍車ギャラリー----2010年 アクセス数-- ベスト10
珍車ギャラリー:INDEXは除きます。   
rank pt 期間 2010.1.1-12.31(1年分)  by;GoogleAnalytics
1 9254 JR西日本 500系新幹線W1編成 2↑
2 7326 JR東日本 E253系200番台 N'EX new
3 7218 東武鉄道 2080系 1↓
4 6771 JR東海 300系新幹線9000番台 3↓
5 5961 JR東日本 EF58 61 お召し列車専用機 4↓
6 5545 JR東日本 200系新幹線 H編成 6→
7 5306 0系新幹線 珍車列伝 7→
8 5011 JR西日本 283系 クロ283-1 オーシャンアロー new
9 4961 JR東日本 クハ415-1900 ダブルデッカー 9→
10 4842 JR東日本 115系91編成 房総各線用 new

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2011年1月 1日 (土)

D'rKの鉄旅レポート キハ181系はまかぜラストラン

2010年11月6日(土) 
当初は、復路の6号のみ乗車する予定だったが、
出発直前になって往路の3号を空席照会したら、
なんと普通車がゲットできてしまった。
急遽往復ともはまかぜに変更し、
お湯を堪能するのをからめて浜坂から香住に変更することにした。

・はまかぜ3号(大阪12:05 ⇒ 香住15:35)
大阪駅でサンダーバード17号とトワイライトエクスプレス
を撮り鉄したあと、
駅構内のコンビニで食料、飲料を買い込み4番ホームへいってみた。
ちょうどはまかぜ3号が入線する時刻と重なり、
4番ホーム側はすごい人。
銀河の時と同様、乗車がまともにできない。
なんのために、あれだけの人員をJR西は割いているのだろう、
と思う一瞬。
馬鹿鉄が点字ブロックの外にはみ出さないように
声かけをしているが、
階段と点字ブロックの間の狭いところが
馬鹿鉄で埋め尽くされているし、
反対の3番線側の同じスペースは、というと、
はまかぜ撮影のポジション移動のために
馬鹿鉄が走り回っているので、
結局、一番安全なのが、
点字ブロックの外側のスペースをとおること。
馬鹿鉄にとってもブラインドになるが、
こちらとしても、最悪、最後の手段である。

点字ブロックの外側を通るな、というのなら、
こちらは携帯とカメラを出さず、撮影する意思がなく、
列車に乗るという行動に集中していることを
態度で示しているのだから、
JRは点字ブロックの内側に乗車する客が通れるスペース、
すなわち通路を確保しろ、と言いたい。
当日の編成は、キハ180を2両増結した6両編成だったから、
1号車は桜橋口から上がったエスカレータの少し東より、
最後尾は御堂筋口エスカレータを上がった少し西、
という位置関係で、
両先頭車は乗務員室と発電セットがある関係で、
デッキは編成側にしかないから、
ちょうどそこが動線上のボトルネックになってしまうことが
JRの係員にはわからないのか、と首をかしげる次第。

やっとの思いで乗車し、車内を移動。
指定された4号車の座席へ。
通路側には姫路まで乗車された男性がおられた。
グリーン車は満席だが、普通車指定席には車両半分くらい、
自由席は若干の余裕がある。
ナンバープレートが盗難に遭ったらしく、
シールになっているのが痛々しい。

登場当時は高性能車と言われたキハ181系も、
現在となっては加速も悪く性能も低い、
というのは致し方あるまい。

223系新快速が最高速度130km/hで15分ごとに疾走する合間を、
最高速度120km/hの足で約1時間、
必死こいて姫路まで逃げるのである。
当然のように、神崎川を皮切りに、
撮影ポイントには多くのカメラマンがみられた。
列車は三ノ宮、神戸と停車し、
阪神エリアの客をいつもどおり拾うが、記念乗車組も多く、
姫路まではけっこう乗客が入れ替わる。

特に馬鹿鉄が大量発生していたのは神戸、舞子。
山陽電鉄の人丸前にもそれなりの数のカメラマンがいた。
話は前後するが、この3号か、4号からが日のある時間帯に
181系DCから拝める最後の明石海峡大橋になる。

姫路7番線に13時5分着。
17分まで12分停車。座席の方向転換もさることながら、
昼食の時間帯と重なり、車販が乗っていないうえ、
これから先は豊岡で2分停車以外は
営業停車の時間は極めて短いので、
ここのキヨスクと「まねき」のホーム売店に、
はまかぜ3号の乗客が殺到。

うどん、そばでも売切れのものが出ていて、
サンドイッチとおにぎり、いなりずしが申し訳程度に残っている状態。
売店のおばちゃんの話によると、
普段のおよそ倍の量の弁当が、
なんと10時44分(大阪9時35分)発の
はまかぜ1号の発着前後の時間帯だけで
完売してしまったとのこと。
この事態は、私は車販の経験から十分予測できる
(私が車販のアルバイトを関西でしていた当時、
主に乗務していたのはスーパーはくとだが、
普段の週末でも
姫路をはさんで昼食、夕食の時間にかかる列車であれば、
伝票どおりの数だと弁当の数がまったく足りないので、
ほぼ毎回、追加注文を車内から入れていた)
ことだったので、今回は大阪出発前に確保しておいて正解。

鉄チャンでもこの事態にはさすがに面食らって、
撮影時間を削ってうどんをすすっているような状態なので、
けっこうな数はいたであろうフツーにはまかぜを利用している
普通の人は食糧にありつけずすごすごと車内に戻る人が
多数見受けられた。

特に気の毒だったのは家族連れの親御さん。
当たり前の話だが、
おなかがすいたと子供がぐずる(しゃーないやん)。
そのそばで馬鹿音鉄が殺気をばらまく
(通路をまともにふさぐかたちで録音機材を身構えてる
お前らのほうがよっぽど鬱陶しい。
トイレに行った帰り、ジャマで通れない)。

新幹線からの乗換客を拾って
やや乗車率が上がった列車は進行方向を逆にして、
山陽線の上り線をまたいで播但線に入る。
ここから先は終点の香住まで単線区間が続く。
播但線内では福崎、寺前、生野に停まり、
少しずつ利用客が減っていく。
播但線は線路のそばに畑や道路が迫っているところが多く、
とくに寺前~長谷間の線路際の雑木林の不安定な足場に
三脚を立てる馬鹿鉄が散見されて怖かった
(車窓からもギリギリなのがよくわかる)。

福崎、寺前では駅員総出で感謝の横断幕で列車を迎える。

寺前を出たところで専務車掌氏が記念品を乗客に配る。
新旧はまかぜの車両の写真入りグッズと
旧余部鉄橋を渡る181系の絵葉書。
専務車掌氏のあいさつに車内の鉄ちゃんから拍手が起こる。

和田山には定時2番線に到着。
ここでは、乗客の入れ替わりが見られるが、
鉄チャンのまとまった乗車があり、乗車率は微増。

ここで第1問。
和田山で
カメラを持った鉄チャンのまとまった数の乗車があったのはなぜ?

答えは、北近畿7号で先回り
(大阪を6分後に出て、和田山に6分早く着ける。
鉄チャンでなくとも西村京太郎シリーズで有名)してきたらしい。
なぜそれをわかったか、というと、
大阪駅を発車していくはまかぜ3号を撮影していた人物に、
和田山で向かいの3番線から2番線に入る
「はまかぜ」を撮影していたのをみたからだ。

ここから八鹿までの1区間乗車が多く自由席に見られた。

第2問。なぜ、八鹿で下車する鉄チャンが多いのか?

それは、このはまかぜ3号を狙う馬鹿鉄が、
大阪駅以外の場所で一番多かった場所にある。
そう。「はまかぜ4号と交換する場所」がそれである。
その場所とは、八鹿~江原間の「宿南信号場」。
八鹿駅から全但バスで移動できるので、道路のアクセスも良い。
ものすごい数の路上駐車(これは迷惑極まりない)。
つまり、八鹿で降りて上下のはまかぜを撮影して、
比較的すいている4号で大阪に帰着。
逆の動きをすると江原でこれができる。
私も、これは考えた。
5号で明石まで乗り、6号で折返す
(この両者は御着駅付近ですれ違う)のも考えた。

豊岡では3番線に到着、2番線のタンゴエクスプローラーと並ぶ。
ここと次の城崎温泉からも鉄チャンのまとまった乗車がみられる。

これもびっくりなのだが、
相谷信号場もいったん停止するので、
ここにも鉄チャンが多かった。

撮影に危険な状態や、マナーが悪いのがいるのは
いつものことだが、
大勢に影響はなく、定時に香住着。香住もすごいカメラの数。

香住で下車後、1時間12分の滞在時間を活かし、矢田川温泉へ。
温泉を堪能し、
駅近くの但馬飯でコロッケと飲料を調達して6号に備える。

・はまかぜ6号(香住16:47 ⇒ 大阪20:10)
 香住駅に戻ると、もうすでに乗車がはじまっている。
帰路の座席は、1号車1番D席。最もデッキ寄りの席である。
乗車率は80%弱で出発。
2つ目の停車駅、城崎温泉から隣に男性が座る。
この男性は姫路まで乗車した。
城崎温泉では上り普通列車との交換のため5分停車。
日が落ち暗くなった駅を馬鹿鉄どもが走り回り、
フラッシュをたきまくるなか、
ここで私は車外に出て缶コーヒーを買い足したのだが、
車販がないため当然自販機にみんな殺到する。
ぎゃあぎゃあと年甲斐もなく騒ぎたて、
私が缶コーヒーをとりだす前から金を投入する馬鹿鉄も。
車掌も乗り遅れの無いよう注意喚起の放送もしているわけだし、
停車時間はみんな5分しかないのだから、
その使い方をちゃんと考えておけっての。

豊岡でも上り列車と交換のため3分停まる。
駅本屋のある1番線に停まるのだが、駅構内が一部工事のため
狭くなっているところもあって危ないのだが、
やはりカメラ片手に走り回る輩も多い。

江原でも北近畿13号と、ここまでは各停車駅で交換が続く。
八鹿、和田山と停まっていく。
和田山では1分停車。
和田山ではカメラマンも多く、まとまった数の乗客がかなり乗る。
この先の播但線では生野、寺前、福崎と停車するが、
停車時間はわずかなためにあまり出入りはない。
しかし、ナンバープレートを撮影する鉄チャンが多く、
そのたびにドアが開くので落ち着かない。
大部分はフラッシュなしで撮ってくれるが、
フラッシュをたく馬鹿鉄も少なからずいる。

19時2分、高架になった姫路駅の2番線に定時に到着。
すごい勢いで馬鹿鉄どもが飛び出していく。
車止めのところにあふれる馬鹿鉄からはフラッシュの嵐。
駅員からも盛んにフラッシュはやめるように
放送があるがお構いなし。

トイレに行っている間に、
後ろの鉄氏が座席を転換してくれていたので、正直助かった。

姫路では播但線普通と19時5分に同時発車、のはずが、
馬鹿鉄のためにやや遅れる。

姫路からは6号車を先頭車にJR神戸線に入る。
御着駅付近ではまかぜ5号とすれ違う。
はまかぜ5号はよく乗っていた。
が、その直後、急ブレーキがかかっていきなり減速。
ひめじ別所駅直前で最徐行となる。
ほどなく車掌の放送が入る。
「ひめじ別所~曽根間の踏切で遮断棒が折れているため、
先行列車が徐行」とのこと。

西明石通過まではノロノロ運転となり、明石で6分遅れとなる。
神戸、三ノ宮でも多くのカメラが構えている。
4分半遅れで三ノ宮を出てからのキハ181系は、
死に物狂いで最後の力を振り絞るかのように
大阪までは目いっぱい飛ばす。
大阪には3分遅れで到着した。

大阪ではやはり多くの馬鹿鉄が待ち構える。
やはりここでも怒号が鳴りやむことはない。

毎度のぼやきで申し訳ないが、
JRグループは「肖像権」ということを
もう少し考えたほうがいいのではないか。

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珍車ギャラリー JR東日本 E231系900番台をUP

謹賀新年 本年も”J鉄局”をよろしくお願いいたします。

2011年の第一弾は、「珍車ギャラリー」の紹介です。
「JR東日本 E231系900番台」をUPいたしました。Jre_e231_901__0010

かつて試作車であること(900番台)を名乗った電車が、
普通の車両としてその名を改めた例として、
JR東日本401系-クハ401-901→101
をご紹介しましたが、今回ご紹介するE231-900番台は、
形式そのものから改められ、
新たにまた900番台を名乗るという不思議な電車です。

彼らはもともと209系950番台を名乗っていました。
950番台っていうのも妙ですね。

つづきはこちらをご覧ください。
珍車ギャラリー「JR東日本 E231系900番台」へJUMP

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