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2010年7月の記事

2010年7月29日 (木)

南海 高野線 6200系 8200系をUP

6200系は東急8000系とうり二つの抵抗制御車。
(正確にいうと超多段式バーニア制御)
製造初年は1974年。
個人的にはそんな古い車両のような気がしませんが
抵抗制御車と聞いて納得です。
基本的には6000系の性能を引き継いでいます。Nankai_6513_06

なお6511Fは4連で2009年にVVVF化されています。
6521Fは南海電気鉄道唯一の
電機子チョッパ制御車であった8000系試作車からの編入車。
同様のデザインですから、言われないとわからないですね。
判別ポイントは、前面のスカートだったんですが、
VVVF 化された6511F改にもスカートがが取り付けられているのでご注意を。

8200系は,界磁チョッパ制御車。製造初年は1982年。
額縁つきの顔に変身しましたので、判別は容易ですが、
中間車は6200系と特に違いはないようです。

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2010年7月28日 (水)

比叡山1Dayチケットを使ってみた。その2

枚方市から、この比叡山1Dayチケットを利用することにしました。
1960円です。
淀屋橋からと比べて40円しか安くないのはちょっとがっかりですが、
それでも十分安いのですから文句は言えません。
特にデザインされたチケットではありませんが、
延暦寺などに団体料金で拝観できるクーポン券もついているのは嬉しいですね。

枚方市から特急で出町柳へ向います。
なんとラッキーなことに8030系がやってきました。
座れないのは承知の上で運転室サイドに陣取ります。
次の樟葉で運よく座ることができて、ますますご機嫌です。Hieizan_1day_1
8030系の運転台は、ワンハンドルになっていました。
これを見る限りでは8000系の一族ですね。
九条駅が近づいて、遮光カーテンが自動で降りてきます。
助手席側に座れたのでトンネル内の様子も楽しめます。

出町柳のコンビニでおにぎりと飲みものを仕込んで、
叡山電鉄に乗りこみます。
山上のレストランはそんなに数多くありませんし、
効率よくまわるならこのほうが機動力があります。
シャトルバスは乗り放題ですが、
下手すると30分から1時間ほどまたねばなりません。

満員の900形きららを見送り、叡山線の電車に乗ります。
鞍馬線ほどではありませんが、こちらも結構、混んでいます。
しかし一乗寺、修学院とハイカー風の方々が下車され、
八瀬比叡山口で下車したのは10人ほどでした。
ケーブルの駅までは3分ほど、気持ちよい散歩道です。
川の水量が多くそこにも清涼感が感じられます。
ケーブルカーはすぐにやってきました。Hieizan_1day_2_2
支柱に京福鋼索線 大正14年12月と書いてあります。
かつては叡山電鉄も京福電気鉄道だったのですが、
今は別の会社です。
ケーブルだけが京福電気鉄道で残ったというのは
どういう事情があったのでしょう?
駅員さんも、ケーブルカーに乗り込む保安要員さんも
若い女性の方々です。
社員さんではないようでしたが、
案内放送も通りいっぺんではなく本当にお上手でした。
その案内放送の中に
この叡山ケーブルが、標高差日本一という紹介がありました。
隣りにいたカップルが
「ケーブルカーって何かと日本一だよね。」
と茶々を入れていましたが、
この叡山ケーブルは、カーブもあり
その線路を眺めているだけでも難工事が偲ばれます。Hieizan_1day_3_2

ケーブルとロープウエイの乗り換えはすぐです。
続いては、空中散歩と景色も変化に富んでいます。
子どもたちも例のカップルたちも大喜びしています。
自家用車では味わえない眺めです。

山上に着きました。
シャトルバスの乗り場までは
少しばかり山歩きをしなければなりません。
日差しも強いのですが、
下界とは違うすがすがしさで、汗もほんのり滲む程度です.Hieizan_1day_5
予定通り、横川、西搭、東搭と巡って下山しました。

帰りがてら、茶山で途中下車して叡山電鉄を撮影しました。
避暑を兼ねた楽しいワンデイトリップでした。

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2010年7月27日 (火)

比叡山1Dayチケットを使ってみた。その1

関西には、スルッと関西3デイチケットというのがあります。
3日間5000円で関西の主だった私鉄路線を乗り放題!
というお得な切符です。
関東でもぜひ、このような切符を発売して欲しいものです。

さて、関西の私鉄全線走破には欠かせない3Dayチケットなんですが,使えない路線もあります。
その一つが叡山ケーブルです。
滋賀県側から比叡山にアクセスするもう一つのケーブル。
坂本ケーブルすなわち比叡山鉄道は、
スルッと関西3Dayチケットで乗車できるのに
京都府側からアクセスする叡山ケーブルはダメなのです。Hieizan_1day_4

そんな叡山ケーブルを走破するためのとっておきの切符がでました。
それが比叡山1Dayチケットです。
淀屋橋から京阪電気鉄道、叡山電鉄に乗り継ぎ、
叡山ケーブル、叡山ローブウエイで比叡山頂まで往復切符がつき、
そして比叡山頂からの比叡山内シャトルバスは乗り放題です。
あまり鉄チャン向きではないかもしれませんが、
これで2000円は、どう考えても安い!
ちなみに、私は古寺を訪ねて気にいった風景を写真に撮る
といった普通の人の趣味も合わせもっているのです。
前回、坂本ケーブル経由で比叡山を訪ねた時には
東塔、すなわち根本中堂にお参りしました。
この比叡山1デイチケットは、
まだ訪ねていない横川など併せて訪ねるのにはピッタリです。

暑くて暑くてたまらない7月のある日。
避暑を兼ねて比叡山を旅することにしました。

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2010年7月26日 (月)

南海 高野線 6100系 6300系 をUP

Nk6113f_01

6100系は、6000系の後継ステンレス車(1970-73)。
側扉が両開き式となり、側窓は一枚下降式になるなど、
南海本線用の7000系から7100系への変化に対応します。
超多段式バーニア制御は引き継いでいます。
しかし、ディスクブレーキが外側に露出しているパイオニア台車
という特殊な台車を履いていたがため、
他系列の車両と併結ができず、
1996-2009にかけて6300系に更新され、現存しません。

Nankai_6302_1

6300系はパイオニア台車を装備する6100系(1970-73)を
S型ミンデン台車に取り替え、
同時に車体更新を施工した車両です6300系(1996-2009改)。
なお超多段式バーニア制御は引き継いでいます。

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2010年7月25日 (日)

南海 高野線 6000系をUP

今回は南海電気鉄道の高野線用車両をご紹介します。

Nankai_6001f_01

6000系は、東急車輛が米Buud社のライセンス供与を受け開発した
オールステンレスの車体をもつ南海初の高性能通勤車です。
製造初年は1962年です。もう50年近くなるんですね。
南海本線7000系(スチール製)と同様、
片開き戸に旧態然とした側窓は時代を感じさせますが、
強力なモータと超多段式バーニア制御を装備する高性能車で、
2世代後の6200系とも性能では遜色はありません。

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2010年7月23日 (金)

珍車ギャラリー JR東海113系8000番台をUP

JR東海の113系は在来線においては
もっともありふれていた車両でした。

そのなかでも、2000番台は外見に変化が乏しく、
あまり興味もわきませんでした。
それでもクモハ113 2000番台という
JR東海にしかいない車両がいます。
また2000番台からは8000番台という珍車も発生しているのです。M112_8040

8000番台といっても8000番台を名乗るのはモハ112形だけです。
2001年に2000番台のパンタグラフを
ペチャパン(C-PS24A)に取り替えたことで、
モハ112-8000番台となりました。
このことで
車両限界の厳しい中津川以北(正確には南木曾以北)でも
運行できるようになったのですが、
6両編成であったこれらモハ112-8000番台を含むN編成は
中央西線、中津川以北でそれほど活躍することはなかったようです。

では、なぜ113系8000番台はつくられたのでしょう?

珍車ギャラリー;JR東海 113系 モハ112-8000番台のページへJUMP

鉄道車輛写真集
 JR東海 113系_2000.8000番台のトップページへJUMP

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2010年7月17日 (土)

サイキョージ氏の鉄旅レポート「大人の休日倶楽部の会員パス」を利用してみた。

サイキョージ氏の鉄旅レポート
--「大人の休日倶楽部の会員パス」を利用してみた。

> 7月1日(木)
> 東京ブックマークを利用して東京着。
大人の休日倶楽部の会員切符を利用して
「岩泉線」、「津軽線三厩」を攻略するのだ。
銀座で夕食をすませ、
有楽町駅で大人の休日倶楽部の会員切符を購入。
この切符は利用当日には買えないので不便だ。
えきねっと予約したチケットは無事受け取れた。
ただスーパー白鳥が3週間前でも満席で取れなかった。
--嫌な予感がする。

> 7月2日(金)1日目  東京→八戸→三厩→大湊
> はやて7号は満席だ。
もしかすると八戸駅が夏の大垣駅のようになるのでは…
悪い予感がしてきた。
はたして、到着後10両編成のはやてから
たった2両しかないスーパー白鳥の自由席に人が殺到!。
何のことはない。
青春18切符の「ムーンライトながら」が
大人の休日倶楽部では「はやて」に置き換わっただけなんだ。
しかも何本もあるから始末が悪い。
と納得した次第。
大人の休日倶楽部の会員パスが有効な期間は
ハンパじゃないほど混むことがわかった。
さて八戸から蟹田まで満員の白鳥に揺られまず三厩を征服。
帰りの特急は座れそうにないので大湊まで普通列車だけで移動。
明日はいよいよ岩泉線だ。

大湊の駅近くのホテルは会員2割引で安くて快適だった。
夕食で入った近くの飲み屋の客は
なんと全員が「大人の休日倶楽部」の会員。
飲み屋のオヤジまで「大人の休日倶楽部」の存在を熟知。
そういえば三厩駅でも「大人の休日倶楽部」の幟とポスターと申し込み用紙があったっけ。

JR東日本の宣伝力に感服。

> 7月3日(土)二日目 大湊→野辺地→青森→大館→盛岡→茂市→岩泉→宮古→釜石
>さて昨日の段階で満席だった野辺地~青森のスーパー白鳥95号の指定が朝にゲット出来て一安心。
案の定、自由席は仙台始発のはやての客で通路までいっぱい。
青森から、かもしか2号に乗り花輪線経由で盛岡に入る。
奥羽線は保線が悪く、おまけに485系のお古車両で、よく揺れる。
よくこれで特急料金をとるもんだ。
大館で昼食を買い込み花輪線に乗車。
定刻に盛岡着。着いたホームはIGR専用、
ここから乗り換えに手間取り山田線の快速リアスに乗り込んだ時は息も絶え絶え。
おまけに満席でビックリ。
快速リアスは山深く分け入り茂市到着。
客の3割が茂市で岩泉線に乗り換え。
宮古発岩泉行きの単行ディーゼルはほぼ満員。
岩泉駅は立派な駅舎で簡易委託ながら切符も売っている。
只見駅と雰囲気がよく似ている。
折り返しの列車の中で1日に3本しかない鉄道を通学に利用している高校生を見て感動。

茂市まで引き返したときのことである。
駅長から山田線が豪雨のため不通だと聞かされ愕然とする。
仕方なく振替乗車票をもらいバスで宮古到着。
夕食後、山田線最終列車で釜石へ。
陸中山田までは部活帰りの高校生がかなり乗ってる。
これもビックリ。

釜石のホテル着22時30分。疲れた。

> 7月4日(日)最終日  釜石→新花巻→古川→鳴子温泉→新庄→東京→京都
> 温泉好きの私にとって鉄旅には温泉が必須。
リゾートみのりにも乗りたかったので
鳴子温泉経由で帰ることにする。
朝、三陸鉄道の遅れで快速はまゆりが5分遅発。
新花巻の乗換時間が10分だったので肝を冷やしたが、
新花巻は定時到着でやまびこに乗車。

古川で下車し陸羽東線のホームに降りるとなにか騒がしい。
なんと今日はリゾートみのり乗車5万人達成の記念イベントが車内であるらしい。
大崎市長、古川駅長、鳴子温泉のおかみさんなど地元の名士が
古川からリゾートみのりに乗車。
駅長挨拶のあと
乗客全員が市長からじかに記念グッズを手渡された。
また抽選で旅行券、地元産の米、名産のこけしなども
プレゼントされた。
いただいた記念グッズは
「鳴子温泉入浴剤つきタオルセット」
「リゾートみのり5万人記念ケータイストラップ」、
「鳴子温泉の観光案内本」である。
さらに鳴子温泉駅下車後、
ホームで地元の小学生の神楽太鼓の演奏をバックに
「こんにゃくおでん」と「ポトフ」の振舞い、
最後に改札で
「仙台地区リゾート5列車をあしらったコースター」をいただいた。
駅をあとにして共同湯「滝の湯」につかる。
あつかましくも振舞いの料理をおかわりしたので
昼食は軽めのソバにした。
山田線の乗り残しを作って残念な思いをした分、
陸羽東線にツキが回ってきたようだ。
大満足の鳴子温泉をあとに普通列車で新庄まで揺られ、
山形新幹線、東海道新幹線を乗り継ぎ帰宅した。
われながらホンマにようやるわこの歳で。

> おわりに
JR東日本が土日きっぷ、三連休パスをやめて
大人の休日倶楽部にその役割をシフトさせているのでは
と思わされた。
50歳以上の人を対象にクレジット、特典つきで会員を募り
新幹線まで乗り放題という切符を年数回提供する
この方法はスゴイ。
若者が主体だと電車には乗ってくれても金は落とさない。
しかし50歳を超える人をターゲットにすれば金も落とす、
誘われた人も動く、宿泊もする。
それに私みたいな乗り方をしない。
鉄道部門だけでなく関連部門も潤う。
企業に体力があり、管轄するエリアが広く
新幹線網も整っているJR東日本だからこそできるワザかもしれない。
まあ、すばらしい商品であることはまちがいなかろう。

局長より、
サイキョージ氏に、
「「大人の休日倶楽部」に入ろうぜ。」
とだいぶ勧められたのですが、
ぐずぐずしているうちに抜け駆けされてしまいました。
ちなみに、JR東日本管内で私が乗り残しているのは、
まさにサイキョージ氏が今回旅された区間、
つまり、津軽線(三厩-中小国間)と岩泉線です。
ですから、とても悔しいのです。
また「リゾートみのり」乗車5万人達成の記念イベントに出会され、
いい思いをされたのもうらやましい限りです。

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2010年7月15日 (木)

さようなら 余部鉄橋。

山陰本線の名物鉄橋である余部鉄橋が、架け替えのため
明日16日の運行を最後に撤去されることになりました。

私が初めてこの鉄橋を渡ったのは小学生5年生の時、
家族旅行で浜坂温泉に行ったときです。
古い記憶なので細かいところまでは自信はありませんが、
確か急行「白兎」だったと思います。
車掌さんの「あと3つトンネルを抜けますと余部鉄橋です。」
という車内放送を聞き、指折り数えてこの鉄橋にさしかかりました。
あたかも空を飛んでいるような興奮と、
下を覗きこんだときの恐ろしさは、今なお忘れられません。

翌日また、この鉄橋を渡り、宮津線経由で天橋立へ行きました。
宮津線はSL(C58)牽引の客車列車でした。
客車の通路越しに、テンダー(炭水車)の石炭をくまでのようなもので掻き寄せている光景がやたら印象に残っています。

思えば私が鉄旅の楽しさに味をしめたのは、
このときのような気がします。
それだけに今回の鉄橋撤去はひとしお寂しく感じられます。
Wp02_amarube181
定番のお立ち台での写真ですが、
当局のトップページを飾った壁紙をリバイバルでアップします。
2006年1月9日。日本海の冬とはとうてい思えない。
雪晴れの穏やかな余部鉄橋を
しずしずと通過するキハ181系特急「はまかぜ」です。

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2010年7月13日 (火)

京成電鉄 3200形 3300形 3400形 をUP

3200形は,もと通称「赤電」。
なかでも最終グループとなる3291-98(4両編成×2=1967年製)は
もと特急「開運号」用としてデビューしたセミクロスシート車です。
片開きドアにご注目ください。
1973年に格下げロングシート化、
1985年から冷房改造とあわせて更新工事を行っています。Keisei_3295

3300形は最後の「赤電」です。
1968年から72年にかけて製造されました。
1984年から冷房改造。1989年からは更新工事を行っています。

今回は、新塗装になったものばかりですが、
赤電時代の画像もいずれご紹介する予定です。

3400形は、3700形と同じスタイルの鋼製車体です。
走り装置など主要機器は初代AE車のものを流用しています。
1993年から95年にかけて、
宗吾工場内の大栄車輌で製造されました。
2003年からパンタグラフをシングルアームに取り替えています。

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2010年7月11日 (日)

JR東日本 209系 0番台/500番台/1000番台をUP

209系0番台は1993.3.1から2010.1.24まで京浜東北線、根岸線で活躍しました。
そう…。過去形です。今はもう存在しません。
クハ208/209とモハ208/209については、
一部、南武線用に2200番台として、
房総各線向けには2000/2100番台として改造され、
生きながらえることができました。
でも、サハ208/209については全滅(234+78)です。
209系は寿命半分のコンセプトで作られたとはいえ、
時の流れの早さを実感せずにはおれません。209_ur02_01

209系500番台は中央・総武緩行線の103系を置き換えるために
1998年11月に登場したグループです。
当線には、前年の1998.10に登場した950番台がいました。
見た目もそっくりで、
950番台は500番台の先行量産車かな?と思っていたら、
950番台はE231系900番台に量産改造されてしまいました。
残念ながら950番台は撮影できませんでしたが。
E231系900番台は撮影できましたので、
いずれこちらでご紹介する予定です。209_500_mt504_01

209系1000番台は常磐線緩行線用として
1999年12月登場しました。
地下鉄千代田線直通仕様のため、
営団との相互乗り入れ協定に準拠した車体となったので、
0番台と同様のスクエアなボディです。
また先頭車の長さを中間車と同一としたため
第1ドアと第2ドアの間が短くなっており、チェックが必要です。
2009年9月より
E233系2000番台が後継車両として導入されましたので、
209系1000番台は2編成のみのレアな車両となってしまいました。

209_1k_md81_10

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2010年7月10日 (土)

HP(JS3VXWの鉄道管理局)の壁紙を253系 NEX に更新。

当局のHPであるJ鉄局の壁紙画像を更新しました。
今回は「JR東日本 253系 成田エクスプレス」です。
これは、2010年3月に千葉駅で撮影したものです。Wallpaper

ご存じのこととは思いますが、
253系での「成田エクスプレス」は2010年6月末をもって運行を終了、
現在全列車がE259系での運行となっています。
来週の2010年7月17日には大船駅 - 成田空港駅間で
「ありがとう253系ラストラン」が実施される予定です。
残念ながら、乗車することも撮影することもできないので,
壁紙を眺めながら、その勇姿を偲びたいと思います。


珍車ギャラリー JR東日本 
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2010年7月 7日 (水)

JR西日本 381系スーパーくろしお(旧塗装)の画像を追加

JR化後、2年になる1989年7月 のダイヤ改正で
特急「くろしお」のうち、4往復が「スーパーくろしお」として運行を開始しました。

Jrw_381_d652_0001

このときサロ381形グリーン車を先頭車改造(パノラマ型)した
クロ381形が登場。紀勢線に新しい風が吹き込んできました。

このデビュー当時の塗装をご覧頂きます。
(ちなみに上の写真は今はなき鳳電車区で一般開放があった時のものです。)

当初は6両編成でしたが、1990年に9両編成にも組成するようになり、
分割併合用に自動解結装置を取り付けた改造車、
クハ381-500番台とモハ380-500番台が登場します。
これらについても旧塗装でご覧いただけます。

以後、1996年に283系「スーパーくろしお・オーシャンアロー」が運行を開始するまでは、
紀勢線のエース的存在でしたが、塗装もオ-シャンアローのブルーを纏うようになり、
脇役に転じることになります。

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2010年7月 6日 (火)

JR東海 117系をUP

Jrt_117_s14_04_tc117_110

117系は国鉄時代である昭和54年から昭和61年まで216両が製造されました。
そのうちJR東海に承継されたのは72両です。
本来は6連(4M2T)用に作られたのですが、
名古屋地区では短編成化するために先頭車のみ18両
(クハ117-104~112、クハ116-201~209 系18両)が追加されています。
でもその結果、2M2Tとなり、
1999年の運転速度引き上げにあたって、
最高速度、加速度共について行けなくなり、
名古屋圏において117系は日中の運用がほぼ皆無となってしまうのです。

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2010年7月 4日 (日)

珍車ギャラリー JR北海道 キハ22形700番台 ワンマンカーをUP

厳しい北海道の冬。
駅に着くたびに、凍てつくような寒風が車内に吹き込んできます。
ところが、JR北海道のワンマンカーは前降り、前乗りです。
乗り込む乗客は、降りる乗客を待たねばならず、停車時間も長いのです。
さっさと扉を閉めて出発したいところなのになぜでしょう?

それは開口部を少しでも少なくしたいからこのようになるのです。
意味もなく扉を開けたままにする方が寒さがコタえるのです。

ワンマン対応車両は開放的であることから、
室内温度を快適に維持することが難しいという欠点があります。
Jrh_dc227_704
従来型であるキハ22形のようなデッキ付きの密閉型車両こそが、
北海道に向いているのです。
運転手にとってもつらいワンマン運転です。

「なんとかキハ22形タイプの車両でワンマン運転できないか?」
そんな現場の声から、
キハ22形700番台(ワンマン運転対応改造車両)が生まれたのではないでしょうか。

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2010年7月 3日 (土)

JR西日本 213系 211系 マリンライナー をUP

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JR西日本の213系は、
瀬戸大橋線の開業(1988年3月20日)にあわせ
国鉄の最晩年である1987年から~
1988年にかけて製造されました。
マリンライナーとして華々しい活躍を続けましたが、
2003年10月。
その任を解かれ岡山地方ローカルに活路を見いだしています。
哀れなのはクロ212です。
U@techに改造された他は全て廃車されてしまいました。
その配色が全て違うという個性的な車両だったのですが…。
その5両すべてご用意しました。是非ご覧ください。

JR西日本 213系 211系 マリンライナー のトップページへJUMP

またイベント車両であった211系スーパーサルーンゆめじを使用した
マリンライナーもここにUPしています。
お急ぎの方は、トップページでEndキーを押してください。

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2010年7月 2日 (金)

京成  3500形 3600形 3700形 新3000形をUP

Keisei_30011

今回は京成電鉄です。
京成電鉄では、3700系とかいうふうに区分するのではなく、
編成丸ごと3700形というふうに区分します。
成田側から3701とはじまり8両編成ならば、
上野よりは3708となります。
ところが、3700形は両端にMc車をもってきますが、
3600形はTcが両端です。
つまり、その番号から車種を判断することはできないのです。

電車というものを編成単位で捉えた番号の割り当てをするのは、
関東の私鉄によく見られるパターンですが、
せめてデハとかサハとか、つけてくれても良さそうな気がします。

さて今回も編成表を添付しましたが、
調子に乗って作業を続けていると大失敗。
3600形は、番号が1から8へときれいにそろっていません。

もともと3600形は、6連用に作られたのですが、
8連化する際に挿入したユニットを
改番せずにほおりこんだものだから、
番号がむちゃくちゃになっているのです!

京成電鉄という会社は、
あまり車番にはこだわりがないようです。

京成 3500形 3600形 3700形 新3000形の各トップページへJUMP

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