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2008年11月の記事

2008年11月29日 (土)

Dr.Kからレポート「0系新幹線に乗ってきたよ。」

いよいよ明日、0系のラストランです。Sayonara_0_kei_1
Dr.Kから「0系に乗ってきたよ。」というレポートが寄せられました。

Dr,Kは、今回、JR四国の「バースデイ切符」を利用して「四国島内グリーン車乗りまくり」という鉄旅をされました。
相も変わらずのスパルタンな乗り鉄をされています。
そのレポートの中から、0系新幹線に乗車された分だけ抜粋しました。

・11月21日(金)こだま639号( 新大阪7:59 → 岡山9:37 )
  発車前の20番線に馬鹿鉄(注;マナーを守らない、危険きわまりない撮影を試みる鉄道マニアのこと)以外にも撮影客多し。指定席は通常4号車のみだが、当日は5号車も指定席に変更されていた。
団体が乗車していたため、もちろん満席。
  しかし、西明石までは空席が目立つ。
  西明石からは小学生の修学旅行の団体客あり。
各駅に撮影客(特に馬鹿鉄)が多かったが、西明石、姫路に特に多い。
岡山には定時到着。

・11月23日(日)こだま674号( 岡山22:05 → 新大阪23:21 )
  南風28号の接続を取ったため、3分半遅れで岡山を出発。
  0系ということもあり、一般客も多くいるが、やはり鉄だらけ。
  カメラを持ってウロウロする輩、車掌に頼んで車掌室を撮影している輩、などいろいろ。
 音鉄が2名乗車していて、録音した車内放送のミュージックチャイム(ピン・ポン・パン・ポン…、というやつ)を、ちゃんと録れたか確認するためにやたら鳴らしまくる
個人的に楽しむ分には、いいと思うのだが、
うるさいし、紛らわしいことこの上ない。

 相生には3分遅れで到着。
レールスターが1分遅れで通過し、相生では1分遅れまで回復。
小生がトイレに立ったとき、専務車掌氏に尋ねると、
姫路駅発時点で定時運行に戻ったとのこと。
姫路にはN700系の当駅止まり「のぞみ87号」がいる。
  やはり、ホームではフラッシュ攻撃する馬鹿鉄が多い。特に西明石駅。
定時に到着した新神戸、新大阪では、23時台だというのに
なんと30人を超えるカメラマンの砲列。
新大阪駅での撮影をあきらめ、小生は848K快速野洲行で帰宅。

ということです。Sayonara_0_kei_2
私も先週、新大阪駅で最後の0系撮影をしてきましたが、
安全柵のない、乗車口付近で撮影している人に対して、厳しい注意が浴びせられていました。

JR東海の駅員さんも、かなりテンションが高くなっているようです。

あす、お出かけを予定されているみなさん。

くれぐれも「馬鹿鉄」にはならぬようマナーを守って楽しんでください。

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2008年11月26日 (水)

JR西日本 0系新幹線 珍車列伝をUP

国鉄時代に製造された東海道山陽新幹線は、0系と100系です。

でも、JR西日本が継承したのは0系だけでした、経営基盤がJR東海に比べて脆弱なJR西日本には、減価償却費が高くつく新車(100系)はあてがわれなかったのです。

それでも、JR西日本は独自に100N系グランドひかりをデビューさせ、世界最速の500系新幹線までも登場させます。

JR西日本の意地が感じられるわけですが、その一方で0系が冷遇されたのかといえばさにあらず、「ウエストひかり」として、再デビューを果たすなど、0系も積極的に活用されるのです。Jrw_21_7001_r51_1

JR西日本が継承した0系は、715両。JR東海の半分ほどです。

しかし、改造され、あらたに形式や番台区分が改められたものは、JR東海をはるかにしのぎます。

そんな中に登場した0系新幹線の珍車たちをご紹介します。

JR東海より9年も長生きした。JR西日本の0系新幹線。

いよいよその姿を消すことになりますが、今こそ彼らの足跡をたどり、その功績について述べてゆきたいと思います。

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2008年11月22日 (土)

JR西日本 0系新幹線(食堂車)の画像を追加

11月19日、「JR西日本 0系新幹線の画像を大量にアップ」しました。

その中で、「おおむねすべてのバリエーションを、ご覧いただけるものと思います。」

と大見得を切ったのですが、国鉄から継承したままの編成に組み込まれていた

-食堂車36形-や、11号車となる-グリーン車15形-などが漏れていました。

36形は、2枚とも通路側なのが残念ですが、探し出しましたのでUPいたします。Jnr_tec0__36_1003

さすがに古い写真ですので、経費の問題もあって「J 鉄撮り=編成ごと片っ端から全車撮影」はしていません。

新幹線のそれも中間車の写真は、どれもこれもよく似たもので、車両番号が判別できないのもはそのまま散逸してしまっているものも多いのです。

いやいやそれどころか。

R51編成(ウエストひかり用6連)などは「J 鉄撮り」しているはずなのに写真が見あたりません。

毎日宝探しをしているようなもので、これはこれで楽しいといえば楽しいのですが、情けない話です。

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2008年11月19日 (水)

JR西日本 0系新幹線の画像を大量にUP

いよいよ、今月末で新幹線0系ともお別れです。Jrw_21_3901_r23_1_2

惜別の思いもこめて、当J鉄局の0系画像を大量にUPいたします。

JR東海に比べ、JR西日本が継承した0系の車両数は、少ないのですが、改造されたものも多く、そのバリエーションには非常に興味深いものがあります。

当J鉄局の「鉄道車輛写真集」では、電車は編成ごとに、全車両を片っ端から撮影(=J鉄撮り)したものをメインにUPしております。

さすがに古いものは「J鉄撮り」が完全でないものが多いのですが、それでも撮影できなかった一部の珍車を除いて、おおむねすべてのバリエーションを、ご覧いただけるものと思います。

同じように見える中間車も、その違いをチェックしながら見ていただければ興味は尽きないのでは…。

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2008年11月 9日 (日)

JR西日本 500系新幹線 W1編成をUP

この11月末。0系新幹線が引退します。
さよなら乗車となる最終日の「こだま」の指定席はあっという間に売り切れたとか。

さて、彼ら0系新幹線の後釜になるのが、500系新幹線です。Wallpaper20
ジェット機をおもわせる印象的なボディーと、営業運転としては当時最速となる300km/hをひっさげて劇的なデビューを果たした500系新幹線でしたが、9編成のうち5編成が、最高速度も285km/hに落とされて都落ち。
山陽新幹線限定の「こだま」号に転用されることになりました。
そして16両から8両編成にダウンサイズされるにあたっては、哀れにも半数の40両が解体の憂き目に…。

量産先行車であったW1編成は、残った3編成の仲間とともに、今しばらく、「500系のぞみ」として活躍を続けますが、2011年には、すべての「のぞみ」がN700系化されてしまいます。
今度は、「100系こだま」の置き換えにまわるのかと思えば、そうも行かないようです。

あと3年の命かもしない。500系新幹線W1編成。
前述の0系新幹線が昭和50年代の車両ということを考えれば、半分以下の寿命しかないことになります。
日本の新幹線のメンツを保ち続けてきた彼らに、活躍の場はないのか。
酷使されてきたとはいえ、軽量かつ強靱なボディーをもつ彼らはまだまだ働けます。

そうだ!!

この続きは、こちらでどうぞ
JS3VXWの鉄道管理局のHP JR西日本 500系新幹線W1編成 へJUMP 

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2008年11月 2日 (日)

黒部峡谷鉄道 と福井鉄道の車両画像をUP

黒部峡谷鉄道

晴れている日の画像は1983.7.28 雨の日の画像は、1988.11.15に撮影したものと思われます。Kurobe_k_ed13

1988年の訪問時は、本当にすごい雨で、欅平へ行くのをあきらめざるを得ない状態でした。そのまま帰るのは悔しいので、思い切って「車庫を見学させてください。」とお願いしたのを覚えています。 おかげで結構貴重な写真が撮れたのではないかな。と思っております。

結構、現存している車両が多いのですが、更新されたり、機関車は形式が変わっていたりと様変わりしています。

近いうちにまた訪れたいなあ。

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福井鉄道

名鉄 岐阜600V線区(岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線)の全廃(2005.4.1)に伴い、Fuk_885 福井鉄道は同線区の低床車両(路面電車タイプ)を大量に導入、2006年4月1日からは鉄道線を含む全線でこれらの低床車両が走るようになりました。 既存の鉄道線車両については、多くが取り替えられましたが、ラッシュ時用として、福井鉄道オリジナルの200系と名古屋市交通局の600系が残されました。 ここでは、200系および機関車を除く現存車両をご紹介します。

福井鉄道(2006年4月)の車両画像へJUMP

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