2017年8月23日 (水)

サイキョージ氏の2017年夏の鉄旅 東海道民鉄の旅

JRをできるだけ使わずに民鉄を使って東海道を旅することを以前より考えていたのであるが、これにぴったりはまるキップがある。

JR東海「乗り鉄たびきっぷ」だ。

おそらくJR東海は「めずらしく気前が良いキップだ!」と思って発売した商品であろう。土日限定ではあるがJR東海管内の在来線と一部滋賀県を含む、三重、岐阜、愛知、静岡の計16の民鉄、3セクが乗り放題となるキップである。新幹線については特急券を買えば「ひかり」、「こだま」に4回まで乗れるという、もうけている割にはケチなキップである。またJR東海と競合する近鉄、名鉄には乗れないという中途半端な、あきれたキップでもある。

7/29(土) 高槻→米原→静岡→新静岡→新清水→吉原→岳南江尾→沼津→

      小田原→大雄山→小田原→北千住

 同行するT氏と高槻駅1番ホームで待ち合わせ、高槻発7:31の新快速に乗ってJR東海との境界駅である米原まで行く。

新幹線の乗換口の改札で「乗り鉄たびきっぷ」\8,480と静岡までの特急券\3,340を買って、8:57発「ひかり512号」に乗り込む。米原駅の新幹線上りホームは乗客があふれていたが、あっという間に16両編成の「ひかり」に吸い込まれていった。自由席も悠々確保できた。

この列車は静岡に停まらないので、やむなく名古屋で「こだま640号」に乗り換える。「こだま」は各駅で「のぞみ」の待避のために6分前後停まってくれる。それでも在来線を使うよりずっと早く着く。これが新幹線のすごいところ。

静岡着10:46、ここで静岡鉄道に乗り換える。

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静鉄のターミナル新静岡までは徒歩10分足らず。地下道を通ったので少し迷ったが無事、新静岡駅に到着。駅の中はスパイダーマンのイベントの真っ最中であった。ここで新清水行きに乗り換える。静鉄は全線複線が確保され7分おきの運行である。地方鉄道とはいえ、しっかり静岡市内の都市間輸送を担っている。静鉄オリジナルで新型車両のA3000形も見られた。

21分で新清水駅に到着。駅横のJRの跨線橋を越せば清水駅前の商店街に通じる。商店街の中で「ホルモンカレー」の幟の店が目に入ったので、ここで昼食にする。このカレーはは地域興しの目玉になっているようで私にとっては十分すぎる量で胃もたれがした。

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清水からはJRを利用し吉原まで出て岳南電車に乗る。途中、興津で乗り換えて吉原12:52着、6分の連絡で12:58発、岳南江尾行きに乗り込んだ。

味のある元京王線の車両である。

岳南電車は沿線の製紙工場に引き込み線を持ち、その貨物輸送が主たる収入源であった。それゆえ線路と路床は頑丈に作られている。貨物輸送をやめた今、単行で乗客だけを運んでいても経営は苦しいだろう。途中、車庫のある岳南富士岡駅で途中下車し使われなくなった3両の電気機関車を写真に収めた。

T氏によると、この3両の電気機関車は歴史的にもずいぶん貴重なものらしい。岳南電車のダイヤは1時間に2本が確保され1本あとの電車に乗って終点、岳南江尾に13:47に到着。この駅では本日のイベント列車の準備中であった。おそらく納涼のビール電車だろう。岳南江尾駅は東海道新幹線が駅構内を横切っている。貨物輸送をしていた当時の面影を残す広い構内をもっている。駅舎もシブい。

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ここから同じ経路を吉原まで戻るのも面白くないのでバスを利用して沼津駅に出ることにする。この乗り継ぎは「鉄」にはよく知られたコースである。岳南江尾駅からから5分ほど歩くと富士急静岡バス「江尾」バス停がある。バスは14:18発なので駅とバス停のほぼ中間にあるスーパー「マックスバリュー」でガソリン補給をして時間まで店内で涼ませてもらった。バスはほぼ定刻に到着し沼津まで山麓の県道22号線を走り国道1号線を横切り50分で沼津駅に到着した。運賃は\690であった。

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沼津から再びJRを利用して小田原まで出る。このキップはJR東海管内に限って有効なので国府津からの差額を精算して小田原駅の改札を出た。

さて次は伊豆箱根鉄道大雄山線に乗る。静岡県内の駿豆線は乗り放題に含まれているのになぜか同じ鉄道会社でも大雄山線は含まれていない。神奈川県が営業範囲だからダメなのか、このあたりもケチくさい。

小田原発16:24発の大雄山線に乗り込む。車窓は住宅地ばかりと思いきや、農村の面影が残るところを走る。利用者が結構多い。沿線に富士フイルムの工場があり利用者が見込める路線であると思われる。21分で終点の大雄山に到着。向かいの待避線に現在でも工事車両として現役で使われているコデ165(旧型国電30系電車)が止まっているのをT氏が発見。写真を撮りたいのだが乗ってきた電車がホームからかぶってしまい全体像が撮れない。

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帰りの電車をもう一本遅らせてほしいと懇願されたのであるが、一本遅らせると小田原で次に乗る予定のメトロはこね24号に間に合わないのであきらめてもらった。

大雄山駅からは小田急の新松田駅まで箱根登山バスが出ているのでこのバスを利用すれば小田原まで戻らなくてもいいのであるが次に乗る特急は本厚木まで止まらず接続がうまくいかなかったので、やむなく同じ経路を小田原まで引き返した。

さて本日の最後は小田急から東京メトロに乗り入れるロマンスカーMSEの鉄ちゃんシートにのって大名気分を味わうことにする。小田原~北千住の指定券はネットで決済していたので窓口で決済に使ったクレジットカードを差し出せばキップと交換してくれるものだと思っていたのであるが、指定座席をプリントしたものかスマホの予約画面を持っていればそのまま乗車できるようである。スマホの画面は消去してしまって、プリントもしていないのでその旨を窓口で伝えると決済のときに届け出た電話番号で座席を確認してもらい改めて指定券を発券してもらった。年寄りには有り難い親切な窓口対応であった。

MSEは車内販売もあり、とても快適であったが相模大野あたりから大雨の影響で徐行を余儀なくされる。代々木上原から東京メトロに入るのだが小田急の遅れをひきずり地下鉄線内は、ほぼ徐行運転、結局千代田線北千住駅には10分遅れの到着であった。

北千住で私のいとこである千葉在住のM氏と合流して3人で飲もうとしたのであるが、どこの店も満員札止め状態。日が悪い。この日は隅田川花火の日で北千住かいわいの店は花火めあての客でごったがえしていた。3軒目に入った土間土間で席を確保し食事を楽しんだ。どうりで普通1泊6,000円の日暮里のビジネスホテルがこの日は12,000円もしたわけが分かったワイ。

7/30(日)

この日は首都圏のJR未乗区間を乗り潰す予定である。その前にT氏が西武のS-trainに乗ろうと言ったので少し早く起きてお付き合いさせてもらった。とにかく未乗区間が端切れのように残っているのでこれを1日で乗り潰すのには体力がいる。

西日暮里→(山手線)→新宿→(徒歩)→新宿三丁目(副都心線、西武池袋線)

→西武所沢→秋津→(徒歩)→新秋津→(武蔵野線)→南浦和→(京浜東北線)

→赤羽→(埼京線)→大宮→武蔵浦和→(武蔵野線)→南船橋→(京葉線)

→市川塩浜→西船橋→(総武線、内房線)→千葉→五井→錦糸町→(総武中央緩行線)→御茶ノ水→秋葉原→(山手線)→上野→(東京上野ライン)

→東京→(東海道線)→熱海→三島→(新幹線)→京都

朝6時にホテルを出て近くのすき家で朝食をとる。ここから最寄りのJR日暮里駅まで谷中の商店街を通って行こうとしたのであるが路地が多く道がわからず、着いたのは西日暮里駅だった。

今日は青春18きっぷを使う。まず山手線で新宿まで出て東京メトロ副都心線の新宿三丁目駅に行く。JR新宿駅からはかなりの距離を歩く。T氏の案内がなければ完全に迷ってしまう。

S-trainは池袋からは乗車ができないので新宿か、渋谷まで出ないとJRと乗換できない。新宿三丁目のホームにはS-trainの指定券券売機が設置されており発車時刻の1分前まで購入できる。510円で指定券を買い、7:43発西武秩父行きに乗り込んだ。

昨日乗った小田急MSEより地下鉄線内を快適に飛ばす。車内は通勤仕様のクロスシートで満員時には座席がロングシートに変換できる仕掛けがあるようだ。阪急の9300系電車が特急料金を取る感じだ。どのような目的でこの電車を設定したのかよくわからん電車である。

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関西だったら、誰も指定券を買ってまで乗らないであろう。料金を取るならせめて「レッドアロー」や「小江戸」ぐらいの車輌を用意しなきゃ割安感は出ないだろう。

さてS-trainを所沢で降り、ここからは単独行動になる。私は秋津まで戻り新秋津から武蔵野線に乗り換え、さらに南浦和で京浜東北線に乗り換えて赤羽まで戻ってきた。次は埼京線を潰す。赤羽発の埼京線快速に乗り大宮まで行く。大宮から同じ埼京線を武蔵浦和まで戻り、ここから武蔵野線の東半分を乗り潰す。

武蔵野線は距離が長く全体を乗り通す人はほとんどいないと思われるが、都心から放射状に延びた私鉄各線との連絡にはなくてはならない存在の路線である。8両編成でも立っている人もいる。武蔵浦和から1時間を要して京葉線、南船橋に到着。これで武蔵野線完乗だ。

乗り潰すのに短絡線を含め3回も通ったやっかいな路線であった。

次は京葉線のデルタ線を潰す。南船橋から京葉線普通にのって市川塩浜まで行く。京葉線の車両は赤いE23310両編成の新しい車両だ。連絡が悪く15分ほど待って府中本町行きに乗る。1駅だけ乗って西船橋で下車、これで京葉線完乗。ここで昼食を取る。駅ナカの蕎麦屋で軽い食事をとって次は内房線の残り蘇我~五井間を潰す。以前、小湊鉄道から浜金谷に抜けたために乗り残した区間だ。西船橋から総武線普通に乗って千葉で快速君津行きに乗り換える。

五井到着13:02、小湊鉄道の気動車に迎えられ内房線完乗。18分の連絡で上りの逗子行きの快速に乗るべく駅前のスタバでコーヒーとパンを買い込んだ。

さあ、あと残りは総武中央の緩行線と上野東京ラインを残すのみだ。13:20発逗子行き快速に乗り込む。君津始発の快速だったので席は確保できたのだが、なにせロングシートしか空いていない。座席でコーヒーを飲みながらパンを食べているのは私ぐらいだった。この年になると羞恥心もどこへやら。

錦糸町着14:14、ここでトイレ休憩をしてから中央線に直行する普通に乗る。御茶ノ水で降り、これで総武線完乗、再び秋葉原へ戻る。山手線で秋葉原から上野に行き、最後は新線の上野東京ラインに乗る。たまたまホームに常磐線から来た品川行きの快速E531系が停まってまっていたのでそれを捕まえて東京着14:49、これでJR東日本は完乗した。

東京駅でお土産を買い、15:18発の熱海行き快速に乗る。さすがに疲れていたのでグリーン車に乗ることにした。ホリデーの事前料金なので780円の出費だがここは許そう。熱海に17:03に着きJR東海の浜松行きに乗り換える。幸い6両変成だったので席は確保できた。18時に三島駅でT氏と待ち合わせて駅前の横浜魚萬で一杯呑んだ。19時まで酒類が半額サービスの気前よさ。料理もおいしく値段もリーズナブルな店であった。三島からは米原までの特急券¥4,100を支払い、三島発19:48発ひかり529号に乗って帰宅した。

JR東日本を完乗したつもりであるが京浜東北線の中に乗った記憶があやふやな区間があるので、近いうちに確定させよう。そしてJR西日本の未乗区間の和田岬線を潰すとJR全線制覇できる予定である。そのときにはT氏やDr.Kを誘って祝杯を上げたいものである。

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2017年8月20日 (日)

国鉄 事業用貨車_1 (ソ-繰重車)

操重車はクレーン車と思っていただければいいかなと思います。

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地上設置のクレーンではどうにもならない貨物を扱う場合や 事故の復旧作業に用いられます。

脱線した重量の大きい機関車をレールに復帰させるには相当のクレーンが必要となります。大がかりなものになるのは当然です。
保線用もあります。
クレーンで信号設備や分岐器などを荷下ろしするものです。
さらに橋梁の橋桁を設置する際に用いられるものも現れました。

鉄道車両写真集

国鉄 事業用貨車_1 (ソ-繰重車)
 

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2017年6月27日 (火)

JR東日本 E129系 越後線 上越線 信越線用

E129系は新潟地区の115系を置き換えるべく
2014年12月にデビューしました。

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E233系をベースとしており制御装置はIGBT素子による1C2M構成のVVVFインバータ制御 SC102(東洋製) を搭載。 電動機もE233系で採用されているMT75をベースに、豪雪地帯で走行することから冷却風をダクトを介して送る方式となっています。
ブレーキも回生・発電ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキを採用しますが、耐雪ブレーキを備え、閑散区間での回生ブレーキの失効を補うため、発電ブレーキ用の抵抗器を屋根上に搭載しています。
車体は片側3ドアで耐寒耐雪構造。
座席はロングシートとセミクロスシートを併用。

まさに新潟スペシャルと言うべき車両です。

当初は2両編成(A編成)のみでしたが、4両編成(B編成)も加わりました。

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2017年6月24日 (土)

総武流山電鉄 1200系 1300系 旧型

流山駅と馬橋駅を結ぶ5.7kmを2連または3連の電車が走行する単線の鉄道です。

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JR常磐線との接続駅である馬橋では、最大15連の快速が複々線を疾走しているわけですから、実に対照的です。

1916年に流山軽便鉄道が開業しました。
軽便の名の通り軌間は762mmでした。
のち流山鉄道に改称、
1924年には軌間も1067mmに改められました。
1949年電化(1500v)され
流山電気鉄道→流山電鉄→総武流山電鉄と名前を変え、

現在は「流鉄」(2008年改称)となっています。

ここでは総武流山電鉄時代の画像を集めています。
車両は1994年以降、西武からの譲渡車で統一されています。

鉄道車両写真集 総武流山電鉄 1200系 1300系 旧型

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2017年6月22日 (木)

豊橋鉄道 渥美線1800系 カラフルトレイン

2013年秋、豊橋鉄道渥美線1800系は渥美半島に咲く
10種類の花々をしたカラフルトレインに改められました。

花の由来は豊橋鉄道のHPを参照しています。

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鉄道車両写真集

豊橋鉄道 渥美線1800系 カラフルトレイン 

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2017年6月20日 (火)

JR西日本 323系 網干総合車両所 明石支所

JR西日本323系は2016年12月にデビューした通勤型3ドア直流電車。

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大阪環状線で活躍する4ドア車(103系と201系)を全て置き換え、
223系などと同じく3ドア車に統一すべく、
8連×21本=168両が投入される予定です。
(近畿車輛と川崎重工業で製造)

8M0Tですが、321系と同じく
モーターは片側の台車のみの0.5Mで実際には4M4Tに相当します。

制御装置はWPC16。
フルSiC素子による1C2M構成のVVVFインバータ制御です。

主電動機はWMT107。
出力は220kWでメンテナンス性を向上させた全閉式
歯数比は223、321系などと共通の1:6.53。

パンタグラフは WPS28E(シングルアーム)となっています。

鉄道車両写真集 JR西日本 323系

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2017年6月19日 (月)

流鉄(5000系 3000系 2000系)

流鉄は、流山駅と常磐線馬橋駅を結ぶ5.7kmの単線鉄道です。

JR常磐線との接続駅である馬橋では、最大15連の快速が複々線を疾走しているわけですから、実に対照的です。

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1916年に流山軽便鉄道が開業しました。
軽便の名の通り軌間は762mmでした。
のち流山鉄道に改称、1924年には軌間も1067mmに改められました。
1949年電化(1500v)され
流山電気鉄道→流山電鉄→総武流山電鉄と名前を変え、
現在は「流鉄」(2008年改称)となっています。ここでは2008年以降、
すなわち流鉄時代の画像を集めています。

車両は1994年以降、西武からの譲渡車で統一されています。

鉄道車両写真集  流鉄(5000系 3000系 2000系)

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2017年6月18日 (日)

JR西日本 321系 網干総合車両所 明石支所

JR西日本 321系は2005年12月デビューした通勤型4ドア直流電車です。
後継車両で学研都市線、JR東西線、宝塚線で活躍しています。

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207系と同じく7連ですが、こちらは6M1Tとなっています。
ただし、モーターは片側の台車のみの0.5Mで実際には3M4Tに相当します。
制御装置はWPC15。IGBTによる1C2M構成のVVVFインバータ制御です。
主電動機はWMT106。
出力は270kWで130km/h運転にも対応可能な高速性能を有しています。
歯数比は223系などと共通の1:6.53。
パンタグラフは WPS27D(下枠交差式)。
当初はMc・M車後位寄りに1基搭載されていましたが、
第10編成以降JR東西線乗り入れのため2基搭載となりました。
(最初の9編成も2006年8月までに追加搭載)
なお地上区間では207系と同様、1基しか使用しません。

7連×39編成=273両。そのすべてが明石区に配属されています。

鉄道車両写真集

  JR西日本 321系 網干総合車両所 明石支所

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2017年6月 4日 (日)

伊豆急行 200系(もとJR東日本113系.115系)

2000~03年に伊豆急100系を置き換えるためJR東日本の113系・115系を改造し導入したものです。

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かねてから113系は伊豆急行線に乗り入れており、
115系も基本的に113系と同系統の車両で、かつ抑速ブレーキも装備されているので、思いのほか、勾配区間が続く伊豆急行線には適した車両でした。

113系改造の4連と115系改造の3連がありましたが、
115系800番台改造のグループは1966年製の初期車で淘汰された100系後期車よりも古いということになります。 2005年にはもと東急の8000系がデビュー。 200系の最終導入からわずか2年後に置き換えが始まり2008年に全車両が引退しました。

珍車ギャラリー 伊豆急行 200系

鉄道車両写真集伊豆急行 200系(もとJR東日本113系.115系)

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2017年6月 3日 (土)

JR西日本 221系 リニューアル車

221系近郊形電車は、JR発足の翌年である1988年にデビューしました。

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主にJR京都線・神戸線、関西線などで新快速・快速として活躍、
新生JR西日本のドル箱アーバンネットワークのイメージアップを担うフラッグシップともいえる存在でした。

以後、91年までに474両が投入されました。
基本的なシステムは国鉄時代に登場した211系・213系に準じます。
これはMM'ユニット方式である211系に加え1M方式である213系と2種の主回路構成が同系列に混在することになったということで、国鉄時代では考えられなかったことです。

新製から25年が経過した2013年からリニューアルされました。  
225系と同タイプの吊り手、握り棒に変更、トイレも大型化、車いすスペースも設けられました。
また出入り口付近の座席を補助席付座席に変更するなど主に車内に手が入れられました。外見はさほど変化は見られませんが、ヘッドランプが一新されたのでそれとすぐわかります。

鉄道車両写真集 JR西日本 221系 リニューアル車 

珍車ギャラリー JR西日本 221系 クハ220形

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